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西野努「神戸大で何が悪いねん!」

第三部 メモリアルゲーム

④ 「負けたら浦和におられん」

最終節勝利

最終節に勝利し、J1復帰を決めた後、横山謙三総監督に

労をねぎらわれる西野(2000年11月19日/サガン鳥栖戦)

 

「もし、あの試合に負けていたら、自分は浦和の街から姿を消していたかも知れない」

 ミスをしない選手はいない。どんな優秀な選手でも、試合の勝敗に関わるようなミスをすることはある。そして、ときには人生を左右するような重大なミスも。

 西野努がメモリアルゲームとして最後に挙げる試合は、2000年11月19日、駒場スタジアムでのサガン鳥栖戦だ。

 シーズン最終節。苦闘のJ2リーグに別れを告げ、J1復帰を果たした試合として、クラブ史にもファン・サポーターの記憶にも深く刻まれているだろう。土橋正樹のVゴールで劇的に決着がついたのだが、その場面が訪れたのも、西野とGK西部洋平の連係ミスによる同点シーンがあったからこそ、というのは勝利で終わったから言えることだ。

 その日、西野は試合開始から好調だった。身体もよく動き、点を取られる気がまったくしなかった。押し気味だった前半を終え、後半早々に待望の先取点が入ったときは、勝利が近付いたと実感した。

 その7分後、自陣ゴール前に高く上がった相手のパスをクリアすべく、西野は落下地点に入った。ジャンプしようとした、正にそのとき、

「オーケー!」

 後ろから西部の声がした。

(どうする? いっちゃえ!)

 自分でクリアすることに決めた西野はヘディングにいったが、後ろから手を出す西部と交錯。前にはじき返すはずだったボールは後ろにそれ、相手FWに詰められてゴールに入ってしまった。後ろからの指示をきかなかった西野の責任は重かった。

 1-1で迎えた延長前半5分。セットプレーのたびに「絶対に自分が決めてやる」と狙っていた西野は、今度も阿部敏之のFKに備えて相手ゴール前に上がっていた。阿部のキックは相手に当たり逆サイドにこぼれていった。急いで自陣に戻ろうとした西野の頭上を、土橋のシュートが越えていった。

 Vゴールの瞬間、歓喜の渦がスタジアムを覆ったが、同時に西野は一番大きな安堵を感じていた。

 サッカー人生を変えるような大きなミスの悔悟とJ1復帰の喜び。1試合でその2つを味わった西野だった。

 

(サッカー人生ハーフタイム・西野努「神戸大で何が悪いねん!」終わり)

 

【メモ】

西野努(にしの・つとむ)1971年3月13日、奈良県生駒市生まれ。県立奈良高校から神戸大を経て93年にレッズ加入。DF。加入1年目にJリーグデビューを果たしたが、その後骨折により約1年半のブランク。95年に復帰した後も出場機会は少なかったが、97年からレギュラーとして復活した。2001年を最後に現役引退。スカウトなどクラブスタッフとして活動。その後、イギリス・リバプール大学に留学しMBA(経営学修士)を取得。以降はOBとしてレッズと関わりながら、スポーツビジネスに取り組み、会社経営、大学の客員教授など多方面で活躍してきた。2019年12月、チーム強化の実務を担当する、浦和レッズ・フットボール本部テクニカル・ダイレクターに就任した。

 

(文:清尾 淳)