コラム

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「初体験で感じてしまった」 清尾 淳
 


 初体験は大事だ。単に初めて、というだけでなく殻を破るという意味で、いろんなことをやっていくときに、必ず通過しなくてはいけないことだ。逆に初体験ができないために、その道に入っていけないこともある。僕の場合の海外サッカーがそうだ。

 1995年、ラジオパーソナリティーの大野勢太郎さんに誘われて、イングランドへインターナショナル・チャレンジカップを見に行った。スポンサー名をとってアンブロ・カップ、主会場の名をとってウェンブレー・カップとも呼ばれた大会である。ちょうど僕はその年の春に大きな病気をして、一時は「再起不能」かと言われた。実際にこの耳でそう聞いたわけではないし、再起したところで大した仕事はできないのだけれど。

 しかし5月ごろには治る、と聞いた大野さんは、おそらく僕を元気づけるために誘ってくれたのだろう。それまではハワイにも韓国にも香港にも行ったことがなかった僕だった。海外旅行→手続きが面倒、言葉が話せない、金がかかる、集団行動が苦手…などネガティブなイメージしかなかったからだ。あの機会がなければ僕はいまだに海外旅行未経験者で、ワールドカップフランス大会だって行かなかったに違いない。しかし気が大きくなっていた僕は(大雑把な性格になる病気だったのだ)、エイヤっと行ってしまったのだ。


今年のウェンブレー・スタジアムでのイングランド代表の試合では「2006年ワールドカップ誘致」がアピールされていた。(1998年2月11日)

 当然、ウェンブレー・スタジアムも初めてだし、生で海外のサッカーを見るのももちろん初だった。イングランド代表の試合はそれまでテレビでも見たことがなかったし、「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」もろくろく知らなかった。

 1995年6月3日。その日いろんな初体験をいっぺんにしてしまったから、あのとき僕は何に本当に感動したのか、よく覚えていないのだ。海外サッカーやイングランドサッカーにあこがれていて、ウェンブレーにたどりついた訳ではないし、イングランド代表の選手もあのころはガスコインぐらいしか知らなかった。イギリスに大きな憧れを抱いていたということもなかった。こんな男にあんな機会を与えたのは、今思えばまったくもったいない限りだった。

 でも何事でも“初”がなければ2番目、3番目もない。それから僕はすっかりロンドンとイギリスが好きになってしまって、なんやかんや理由をつけて毎年行っている。あれから4年。イタリアにもフランスにも行ったけれど、海外と言えばイギリスみたいに思うようになってしまったのは、このときの“刷り込み”現象が原因だろう。

 ウェンブレー・スタジアムと言えば、イングランド代表の国際試合のほかにFAカップの決勝、リーグカップの決勝が行われる。代表の試合はもう2回見たので、次はこの2つだな、と何となく思っている自分に気がつく。“何となく”なんて、フリークの方々には怒られそうだけど、“夢”とか“目標”という訳ではない。ここまで終わったから次はこれ、という感じだ。これは、Jリーグのシーズンに合わせた今の仕事をしているうちは無理だろうけど。

 結局、いろんな理由をつけて96年も、97年も、98年もヒースロー空港に降り立ったから、おそらく99年にも何とかして出国するだろう。来年は何も口実がないから、どうやって妻をごまかそうかと今から作戦を練っている。彼女はインターネットをやらないから、この企みには気がつかないだろう。あなたが密告しなければ。