コラム

parts

parts

parts

parts

parts

back

parts
「最終節の駒場。もう一つのフィナーレ」
清尾 淳
 


 11月14日、今季のJリーグ最終節。レッズは駒場スタジアムに名古屋グランパスを迎えた。不思議なもので、レッズは駒場で行なうシーズン最終節にこれまで負けたことがない。あの93年だって、G大阪に2−0で完勝したのだ。やはりホームの強みが一番出やすい試合なのだろう。

 一方、レッズはグランパス戦の勝率が悪いことで有名だ。リーグ戦ではホームでもそれまで2勝6敗。特に昼間の駒場で、グランパスに勝った覚えがなかった。この試合はジンクスとジンクスの戦いみたいなものだった。もちろん、それだけではない。そのときレッズは3位、グランパスは4位。勝った方が3位で2ndステージを終えるし、負けると6位まで下がるだろうという、まるで3位決定戦みたいな大事な試合だった。

 さらにJリーグではステージごとに上位に賞金が出る。優勝チームに1億円、2位に6千万円、3位に4千万円、4位2千万円、5位1千万円という額である。4千万かゼロか。このご時世にこれは大きい。ジュビロには1stステージ優勝で1億円、2ndステージ2位で6千万円が入った訳だ。ちなみに来期からJ1では3位までしか賞金が出なくなる。

 そういう、いろんな意味で力のこもった試合。内容はみんな知っているだろう。良かった、悪かったという判断は僕にはできない。客観的な見方が、とてもできなかったからだ。特に後半27分にベギリスタインのゴールで2−1になってからは、何が何だかわからなかった。とにかく点を取られるな、早く終わってくれ、と祈っていた。選手もベンチもなりふり構っていなかった。

 そんなこんなで、レッズが勝った。ベンチもスタンドも大喜びだ。「優勝したような」と言いたいところだが、優勝したらあんなものではないだろう。したことがないのでわからないが。一方、グランパスの選手たちはがっくり肩を落として引き上げてくる。ストイコビッチは目を赤くしていた。最後の10分間はグランパスが攻めっぱなしだったのだから、無理はない。ビジター専用サイドスタンドに陣取った約400人のグランパスサポーターも同じ気持ちだっただろう。


98リーグ戦のフィナーレにグランパスサポーターも参加していた。(98年11月14日、駒場スタジアムで)

 最終節だからレッズは監督、選手全員がグラウンドを一周する。当然、僕もそれについて回る。メーンスタンドの前を通り過ぎたあたりで、僕の足は止まってしまった。ビジター側サイドスタンドから拍手が聞こえる。初めは、あいさつに来たグランパスの選手たちに対してかな、と思った。でも違う。白いユニフォームは、ほとんど引き上げてしまっている。近くに寄って確信した。グランパスのサポーターたちは、間違いなくレッズの選手に対して拍手を送っている。彼らの目はレッズの選手をしっかりと見ているし、口からは「浦和レッズ」というコールが発せられている。そして「よくやったぞ」「来年も頑張れよ」という声もはっきりと耳にした。何と、この試合でレッズに決勝ゴールをもたらしたベギリスタインが回ってきたときにもだ。彼も一瞬戸惑ったように見えた。しかしすぐに頭の上で両手をたたいて、声援にこたえていた。

 告白します。僕は目の前で行われていることが、すぐには信じられませんでした。

 だって文字通りの"死闘"を演じた後だよ。内容的にはグランパスの方が押していたんだよ。3位の座と4千万円がなくなったんだよ。決勝ゴールを上げた"にっくき"選手が目の前に来たんだよ…。  単に敵チームの選手に、拍手しているだけだったら「ずいぶんお人好しだなあ」と思っただろう。でも、これはそうじゃない。リーグ戦全日程を終了してあいさつに回る選手たちを、チームを問わずたたえることによって、自分たちのサポートにもリーグ終了のケジメをつけていたのだろう。Jリーグが厳しい状況にある中、これからもみんなでJリーグをもりたてていこう、という意味もあったのかもしれない。

 それにしても試合に負けた直後なのだ。なかなかできるもんじゃない。いつも感動的なレッズのフィナーレだが、このときの彼らの姿はそれに消されることなく、いつまでも心に残りそうだ。

 ちなみに僕は実は試合前のエールの交換というやつが好きじゃない。その理由は次回。

(1998.12.4)