コラム

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もし今がスタジアム建設元年だったら
清尾 淳
 


 ご要望のありました県営サッカースタジアム(仮称)の「サイドスタンドの屋根掛け」につきましては、サッカーファンがより快適に質の高い試合を観戦できる観点からのご提言であると受け止めております。
 ご要望につきましては、天然芝やスタジアム本体への影響などについて、調査を実施したところ、様々な課題があることが分かりましたが、より良いピッチとするための芝の成育実験や屋根の風洞実験などを行うとともに、将来、屋根掛け工事に手戻りが生じないよう現時点で可能な限りの措置を講じておくこととしております。なにとぞ、ご理解をいただきたいと存じます。
平成11年8月17日 埼玉県住宅都市部スタジアム建設局

「VOL.20」で紹介した、「県営スタジアムに屋根を」署名への埼玉県からの回答。文章の分かりにくさは、何とかしてほしいが、内容についてはこれで仕方ないかな、と思っている。「ご要望はよくわかりますが、現在の財政状況ではできません」という、木で鼻をくくったような返事でないだけ、良しとしなければならないだろう。元々が、スタンドの3分の1に屋根のないスタジアムの設計を通してしまった時点で、大勢は決していたのだ。

 96年の12月に2002年の埼玉開催が決まったあと、決勝招致に向けて全席に屋根を、という声が強くなり、いろんな方々が動いてくれたが、今のところは難しいようだ。スタジアムの完成は2001年夏。いくら「工事に手戻りが生じないよう」にしていると言っても、屋根の分の工事は増える訳だし、もうタイムリミットだろう。ただ現場としては、「もう間に合いません」という回答をするのを、できるだけ避けたいという意図が見える。

 2002年の決勝が横浜に正式決定してしまったから、屋根がつかなくなった、と推測する人もいた。でも決勝が来る、来ないとは関係ないらしい。決勝招致活動に影響があってはいけないから、ゴール裏に屋根はつかない、と言わなかったのかもしれないが。

 タラレバだらけの話をすれば、もし今から県営スタジアムの作り方を検討するとしたらだいぶ変わったものになるかもしれない。屋根もそうだし、「女性の目から見た魅力的なスタジアムづくり」という発想もあるし。県と草の根のサッカーファン(サッカー協会ではなく)との風通しはずいぶんと良くなっている。

 当時(94年〜95年)そういう風潮はまったくと言っていいほどなかった。埼玉県サッカー協会(の役員の方々)は、名義上は大会の主催者ではあるが、実際に運営しているとは言いがたい。それは駒場スタジアムで天皇杯の試合を行うときに、多くの人が感じている(誰も進言しないことも問題なのだが)。

 実際にスタジアムで試合を見るのは一般のファン、サポーター。その人たちの希望を聞くことが、スタジアム作りの本当は第一歩だったのだろうと思う。もちろん全員の意見を全部聞くことはできないし、仮にできたにしても、全部の要望を取り入れることなど絶対に不可能だ。収拾がつかなくなる恐れはある。しかし、それを恐れて声を取り入れる道を作らないというのは間違いだろう。そのへんが難しいところだ。

(1999年8月24日)