さいたまと
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COLUMN●コラム


#052
  マリノスのイヤーブックに書いたこと


 そうそう、大事なことを忘れていた。そんなに大事でもないか。これからロンドンに旅行する可能性のある人へ。中途半端に新しいガイドブックには、ロンドン塔の近くに「タワーヒル・ペイジェント」という観光施設が載っているかもしれない。ゴンドラに乗って、建物の中を巡るうちにロンドンの歴史がわかるというものだ。歴史といっても勉強じみたものではなく、パノラマと音声解説による物語のようになっている。日本語での解説もあるから、なかなか面白い。いや面白かった。

 「かった」、というのは先日行ったら、去年のうちに閉館していたからだ。再開の予定はないという。僕が行ったのは97年の3月で、その前の年にオープンしたばかりだった記憶がある。だから古いガイドブックには載っていないが、ちょっと前のものには載っているかもしれない。ロンドン塔自体が観光名所として面白いので、行っても損はないが、タワーヒル・ペイジェントを楽しみに行くとあてがはずれるし、探すだけ骨折り損だ。なにしろ駅にはまだ案内板があるからひどいじゃないか。みなさん、気をつけてください。

 さて、そんなことはともかく、このたび横浜F・マリノスのイヤーブックに、マッチデー・プログラムについて書いた。依頼してきたマリノスのNさんは、レッズのMDPを、Jリーグにおけるマッチデー・プログラムの先駆者として認めてくれているし、レッズ戦のときは、埼玉新聞の河野正記者にも書いてもらったりしている。僕もマリノスのマッチデー・プログラムは、ジュビロやエスパルスのものに比べても非常に素晴らしいと思っているし、Nさんとは因縁浅からぬものがあるので、二つ返事で引き受けた。レッズサポーターのみなさんにも読んでもらいたい部分があるが、みなさんがマリノスのイヤーブックを読む機会はあまりないだろう。それで、その部分だけ抜き出した。Nさんには了解を取ってある。

 レッズのオフィシャル・マッチデー・プログラムはJリーグ初の公式大会、ヤマザキナビスコカップが開幕した1992年9月5日が創刊日だ。以来、昨年のJ1リーグ最終節で通算152号を迎えた。少ない誌面に情報を詰め込むために「MDP」と省略表記していたら、それが愛称になってしまった。MDPと言えばレッズのオフィシャル・マッチデー・プログラムのことだ。

(中略)

 「MDPが7千部も売れているのはすごいですね」と言われるたびに僕は「はい、おかげさまで」と答えながら「これからが遠いなあ」と思っている。「遠いなあ」という視線は?そう、あそこに向いているのだ。

イングランドでは毎年、前シーズンの各チームのマッチデー・プログラムを紹介して いる出版社がある。プレミアリーグだけでなく、1部〜3部リーグも合わせた92クラブ全部のプログラムについて、ページ数、カラー率、広告率、編集者、値段などのデータを紹介し、数行のコメントを付けている。そしてプレミアリーグの1位…、1部リーグ1位…とランキングを付けているのだ。

 そのイングランドで試合を観戦するとまず駅で目につくのがマッチデー・プログラム売りの兄チャン。スタジアムまでの間に、何カ所か売り場があり、サポーターのほとんどが入場するまでにプログラムを買う。それも1人1冊!わかる?1人1冊だよ!

 当たり前じゃないか、1人2冊もいらんだろうって?そういう意味じゃない。親子でも夫婦でも、家族が全部1人1冊買うんだ。駒場でも横浜国際でも、そんな光景はほとんど見られない。なぜなら家族で1冊あれば十分だから。

 J1、J2を問わず、すべてのクラブがマッチー・プログラムを発行し、スタジアムに来るサポーターが1人1冊、当たり前のように買い求める。日本でこうい光景が見られるには、まだ時間がかかるだろう。

(後略)


 Jリーグの各クラブに、マッチデー・プログラムを発行しなさい、とは言えないし、たとえJリーグから「発行するように」というお達しがあっても、それじゃ意味がない。僕ができることと言えば、レッズのホームゲームを訪れたビジターのサポーターがMDPを見て、「どうしてうちには、こういうものがないんだ」と自分のクラブに要求したくなるようなものを作ること。

 そして、家族でも回し読みするのがもどかしいくらいに内容が濃く、みんなが「自分の分が欲しい」と愛してくれるようなMDPを作る努力をするだけだ。

 ああっ!そうか、今年はマリノス−レッズのプログラムがないのか!Nさんに頼んで送ってもらおうっと。

 (ナビスコの決勝でレッズとマリノスが当たる可能性はあるが、決勝はホーム&アウェーでないので両方ともプログラムは出せない)。

(2000年2月24日)