さいたまと
ワールドカップ





COLUMN●コラム


#060
  「プロ」カメラマン続編


 プロに「」がついてます。ということは僕の話です。

 4月23日のベガルタ仙台戦は久しぶりのデーゲームだった。僕がレッズの試合中、カメラを抱えている大きな目的は二つ。一つはスタンドのサポーターを撮ること。もう一つはMDPの表紙になるような写真を撮ることだ。

 ゲーム写真については、通常、埼玉新聞社の写真部のカメラマンが埼玉新聞用に撮ったネガの残り(新聞に使わなかったもの)を使わせてもらっている。うちの写真部は、ちゃんとMDPのことも考えて、多めに撮ってくれているし、初出場とかケガから復帰した選手などがいると、ちゃんと押さえてくれている。だからMDPに使うゲーム写真のほとんどは、写真部撮影のネガで間に合っている。たまに僕の写真にしか写っていない選手もあるので、そういうときは僕のを使うが、1回にせいぜい2〜3枚だ。

 MDPの表紙には、レッズのイヤーブックの写真などを撮っている山添敏央さんや近藤篤さんの写真を借りる手もあるし、そういう人たちの作品には逆立ちしても追いつけないが、それでもMDPの表紙は僕が撮るしかないと思っている。

 僕が表紙用の写真を撮るときは、「これ」と思った選手に狙いを絞って、枚数を撮る。当然、試合の流れは見ていられない。その数人の選手のアップばかり狙っているからだ。晴れた日のデーゲームなら、比較的撮影の失敗が少ないから、表紙の写真を撮りだめするチャンスなのだ。この日は、ゲームは写真部に任せて、僕は表紙に専念しようと決めていた。

 ところがキックオフ前1時間を過ぎても写真部の姿が見えないので、仙台スタジアムに来ていた運動の河野正記者に聞いてみた。

 「今日、写真部、来るよね?」

 「来ないよ」。

 ええーっ!今年は、大宮アルディージャとのバランスもあるし、経費も厳しいので、宿泊が必要なアウェーには写真部無しの場合もある、と聞いていたが、仙台は日帰り可能だから、当然写真部は来ると思っていた。どうしてだ?いや、いきさつはどうでもいい。僕はやや青くなった。

 こういうときに、埼玉新聞用の写真まで僕が撮ることはない。僕はMDPの仕事に専念すればいいのだが、MDPの写真は表紙だけではない。試合の様子がわかる写真、特にゴールシーンも載せなければならない。それにいろいろな選手の写真も必要になってくる。チーム全体の様子がわかる絵柄もいる。それを全部一人で撮らなければならなくなったのだ。もちろん、予定していた表紙の撮影もはずせない仕事だ。

 前にも書いたように、試合のポイントがわかるような写真と表紙になるような写真とはだいぶ違う。それを僕の腕で両方1人でやるというのは、相当な覚悟がいる。もちろん覚悟だけではなく、技術もいるのだけど。試合の流れや応援の雰囲気を伝えるためのメモだって取りながら、だ。

 でも、まあやるしかないのだから、必死で何とか終えた。いつもは3〜4本ぐらいしか撮らないところ、この日は8本も撮ってしまった。予定経費オーバーだが、仕方がない。おそらく何とかなっているはずだ。

 仙台戦には、中学1年になる息子もサポーター仲間の車で来ていた。僕は新幹線で帰るつもりだったが、荷物が2つになっていて煩雑だったので、1つを家まで運んでもらおうと息子に預けた。撮りおえたフィルム8本も、その荷物の中に入れた。

 家に帰って、翌朝荷物を調べて驚いた。フィルムがない!仙台スタジアムに忘れてきたのか?たぶん荷物に入れたはずだが…。息子が途中で荷物から出したのか?聞こうにも、もう学校へ行ってしまっている。今日は忙しいからグズグズしていられない。頭がパニックになりながら、家を出て会社に行った。もし、あのフィルムがなかったら…。表紙どころではない。写真部も来ていないのだから、5月3日のMDP158号には仙台戦の写真が1枚も載らない、ということになってしまう。大観衆の中でのあの大逆転勝ちの試合が…。吉野とアンジーの絵でも描いて許してもらおうか…。今日は思い切りブルーなスタートだった。

 

(2000年4月24日)