さいたまと
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COLUMN●コラム


#089
  東京サポ“監禁”事件・その2
〜撮影する「権利」はない


 今回の事件の名脇役はスポーツ新聞。この存在なくして、主役のレッズサポーターはこれほど浮かび上がらなかった。そして名脇役の見せ所は“監禁”の現場写真だった。
 今回の写真について、一言言っておきたい。

 「俺たちがいたんじゃ、収まらないから、みんな引け」と言って、サポーターが散りはじめたころ。
 本業が終わり、何かあったようだとやってきたカメラマンが、あの事態を「効果的に」撮影しようと、メーンスタンドに移動してシャッターを切った。それを見たレッズサポーターが、怒ってそのカメラマンたちをつかまえようとした。僕も行った。結局カメラマン数人は、そのまま帰っていった。カメラマンとサポーター。彼らの行動は是か非か?

 カメラマンは写真を撮るのが仕事。しかも、非合法な撮り方をした訳じゃないから、撮影したことに罪はない。しかし、騒いでいるサポーターにカメラを向けたら、よけいに熱くなることも事実。騒ぎを大きくする要素だから、「写真撮ってるぞ!」というポーズはやめるべきだ。僕もカメラマンに「まずいですよ。よけいに熱くさせるじゃないですか」と言ったのだけど、「あんた、誰」。そりゃ、そうか。

 そもそも思うのだけど、Jリーグの試合のときのカメラマンは「試合を撮影に来ている」はずだし、それを条件に撮影許可を与えられているはずだ。だから選手のスタジアム入りとか、試合中のサポーターの応援とか、試合後の勝利の喜び、ぐらいまではその範囲だけど、試合が完全に終わってからの騒ぎについてまで撮影するのに便宜は与えられているのか?という疑問がある。
 たとえば東京戦の騒ぎのとき、カメラマンは黄色いビブスを着けたまま、メインスタンドに登って撮っていた。それを止めようとしたサポーターは、突破した2人を除いて係員に阻止された。今の僕の理屈からすると、完全に試合が終わった後のことだから、黄色いビブスは通用しないはずだ。ビブスを着けたカメラマンもサポーターも同じ扱いでいいのである。だから、そもそもカメラマンがメインスタンドに登るのを係員が止めるべきだった。「これはあなた方の仕事ではありませんから、そちらには行けません」と。

 しかしマスコミ的に、こんな美味しいネタがあるのに、撮らないで帰る訳にはいかない、普通、カメラマンはそう考える。たとえば試合の1時間前、サブグラウンドでストリーキング(古いか?)があったら、撮りにいくだろう。
 試合が終わってからの出来事を撮りたい場合は、黄色いビブスの特権なんぞ使わずに撮ればいい。利用できるものは何でも利用する。それも理屈だが、駄目だと言われたらあきらめるしかない。撮ったのがバレて、サポーターに囲まれても係員の制止に期待しちゃ駄目だ。自分で切り抜けなきゃ。
 間違っても「俺はマスコミだ」なんて口走っちゃ駄目。マスコミに取材する便宜を図っているのは、Jリーグや各クラブであり、一般の人はそんなこと思ってないんだから。だからフィルムを出せ、出さない、なんて言い争いになっても、あくまで個人と個人の関係で解決するしかない。
 フィルムを出せ、出さない、の議論は、その時の力関係で決まると思う。他の大事な物が写ってるからフィルムを渡せない、なんて理屈は通用しない。僕なら万一のことを考えて他の物を撮ったフィルムをそのまま使うことはしないね。カメラを壊されたり、殴られたりしたら、それはそれで訴えればいい。

 僕がこんな事を言うのは変かもしれないけれど、報道の自由というのは、権力の側が民衆に対して保障すべきものであって、報道期間が一般の人に対して振りかざすべきものではない。一般の人には報道されない権利だってあるのだ。
 話を聞かせてほしいという取材は、嫌なら断ればいいけど、写真は断っても撮られてしまえば取材完了だ。だから断ったのに写真を撮られた場合、あるいは断る間もなく撮られた場合は、抗議する権利はある。それが通るかどうかは力関係だが。
 ただ、それが載ってしまったらどうしようもないだろう。事実と違うキャプションがついてたり、プライバシーを侵すものだったりしても、せいぜい抗議の電話やメールを出すくらいだ。

 以上、カメラマンの部分をまとめるとこうなる。
 試合が完全に終わった後ではカメラマンは居合わせた一般の人と同じだから、撮影上のポジションなど特別な便宜はないはず。逆に黄色のビブスをつけて撮影するのは、サポーターの感情を逆撫ですることが多いから、クラブとしても止めるべき。
 しかし別に撮影が禁止されている訳ではないから、リスクを覚悟で撮影するのはプロとして理解できる。トラブルについては、当事者同士で解決すべきで、係員が間に入る必要はない。
 撮られた側は、素人だろうがプロだろうが、撮影されたら何のために撮ったのかぐらい聞く権利はある。納得できなければ、フィルムを出させること、載せないことを約束させることだって要求するのは当然だ。ただし暴力を振るったら刑事罰を受ける可能性があるのも当然。1時間、2時間、じっくり交渉するのもいいじゃないか。
 新聞や雑誌に載ってしまったら、もうしょうがない。まったく火のないところに煙を立てた訳ではなし、記事や写真なんて、元々100パーセント客観的な物は存在しないのだから、そのメディアはそう考えているんだな、と思うしかない。もちろん抗議するのも自由だが、それで何が変わるとも思えない。

 試合に勝ったときなど、喜んでいる姿を撮られると、ほとんどサポーターはカメラに向かってガッツポーズをする。しかしペットボトルを投げているところを撮られると、「撮るな」と怒る。勝手なものである。当然だ、人間なんだから。そんな人間たちを相手にしていることをカメラマンは自覚すべきだ。僕は自覚しているぞ。
 戦場カメラマンに比べれば安全じゃないか。

 勢いで2本も書いてしまった。その分、来週は休み…んな訳ないか。

(2001年4月22日)