さいたまと
ワールドカップ





COLUMN●コラム


#101
MDP完売


 7月14日、市原戦のキックオフ直前、駒場に場内放送が流れた。
 「本日のマッチデー・プログラムはすべて完売となりました」。
 あちゃあ。
 全部売れたんだから結構じゃないかって?そうでもないんだ、これが。
 あの時間に放送があったということは、6時半ごろにはほとんどの売り場で売り切れになっていたということ。指定席のファンは、ウォーミングアップの最中に来て、MDPを買い、選手紹介を聞いて、試合に入っていく、という人が多いから、その人たちは、小野伸二のメモリアルMDPを買えなかったに違いない。
 開幕戦とか最終戦、何かのメモリアルゲームなどは、ふだんMDPを買わない人が買う。あるいは1人で2冊、3冊買ってくれる。それは大変ありがたいことだが、ふだんMDPを支えてくれているのは、雨が降ろうが凡戦だろうが、必ず買ってくれている常連さんだ。常連さんで、買えなかった人が何人もいたと思うと心が痛む。
 「マッチデー、完売しました」と試合当日、クラブの関係者がいうと、ホッとする前に「ああ、また買えない人がいたな」と残念に思う癖がついてしまった。

 MDPの発行部数を決めるのは発行元であるクラブだ。市原戦の数日前、僕はクラブにお願いした。
 「今度のMDPは絶対にいつもよりたくさん売れます。売り切れにならないように、よく部数を考えてください」
 「清尾さん、どれくらい刷ればいいですかね。実は13,000部から15,000部にしようと思っているんですが」
 ふだんのMDPは7,000部印刷されている。そのうち郵送購読者用、レッドボルテージ用、広告スポンサー用、本部用(VIP、プレス、両チームの選手)、SS指定席用(約1,600席のSSのチケットにはMDPの引換券がついている)などを除くと、駒場で販売されるのは約4,500部。通常はこれで間に合っている。たまに試合内容が良かったりすると完売してしまうこともあるが、それは試合後だったりするから、常連さんで買えない人はまずいない。万一買いそびれても、レッドボルテージに300部置いてあるし、本部用で余ったものを販売に回せば問題ないくらいの需要である。
これが小野伸二のメモリアルゲームということで、どう変わるか。
 「それだけあれば大丈夫だと思います」
 13,000部印刷すれば、駒場での販売分は10,000部くらいにはなるだろう。もしかして少しくらい残るかもしれないが、記念MDPだから最終的にはほとんど売り切れるだろう。15,000部だとおそらく売れ残る。しかし試合内容によっては残らないかもしれない。たとえば小野がゴールを決めるとか、劇的な内容だったとか、その後のお別れセレモニーで感動したとか。

 しかし実際に印刷会社に発注した数は10,800部だった。聞いた数より2,200部も少ない。
 「国立並みの数字です。駒場ではシーズン最終戦でも10,000部刷ったことはありません」
 そうかもしれない。しかし、国立や最終戦ではほとんど毎回売り切れてサポーターに悲しい思いをさせていることを忘れたのだろうか。10,800部では、駒場で販売する数は8,000程度だろう(SS指定席の引き換えを除いて)。たぶん、それでは足りないな、と思ったら案の定、キックオフ前に売り切れ、である。試合が終わってから、MDPを買えなかった、という知り合いのサポーターが何人もいた。もちろん、みんな毎回買ってくれている人たちだ。

 MDPの売れ数は、僕にも埼玉新聞社にも関係がない。たくさん刷って完売したときの利益はクラブのものだし、逆に売れ残ったときのリスクはクラブが負っている。だから、余るのを覚悟で、たくさん印刷してください、とは僕は言えない。

 しかしクラブに聞きたい。浦和レッズは何のためにMDPを発行しているのか。
 定価をつけて販売しているのだから、営業ツールの一つには違いない。そういう意味では余り過ぎて赤字になったり、不良在庫をかかえたりすると困るのはわかる。毎回完売すれば、収益は一定しているし、在庫は抱えなくて済むから楽だろう。
 しかし、MDPの発行目的にはもう一つ。サポーターへのサービスという部分があったはずだ。簡単に捨てられるものではなく、とっておけばレッズの歴史になるようなものを作ろう。クラブとサポーターとの架け橋、ではなかったのか。
 だとすれば、毎回そろえていたサポーターが、よりによって小野伸二ラストホームゲームの183号だけ買えないような目に遭わないように、今回のようなときは、余っても構わないからふんだんに用意するのがスジではないか。
 クラブにしてみれば、ふだん7,000のものを10,800にすれば50%増しだから、「相当数増やしたんですが…」と思うだろう。しかしサポーター個人にとっては、手に入れたか入れられなかったか。オール・オア・ナッシングだ。5割だけ手に入れた、なんてことはあり得ない。それも、試合に来られなかったとか、試合が終わるまで買わなかったとかではなく、ふだんと同じようにしていて買えなかったのだ。納得できないだろう。小野伸二記念グッズとは訳が違う。
 強い立場にいて、こんな半ば公の場で厳しいことを言うのは本意ではない。しかし僕の忠告にもかかわらずMDPの印刷部数が少な過ぎたことは初めてではないから、クラブにわかってもらうために、あえて言う。
 どうかサポーターの気持ちになって判断してほしい。できることとできないことがあるのは当然だ。サポーターが希望しているからといって、全員に小野のサインを好きなだけあげること、こんなことは不可能だ。しかし例えば今回のMDPに関していえば、こうなる事態は完全に予想できたし、それを避けるのは至極簡単だった。
 こういうのを人災と呼ぶ。

(2001年7月16日)