さいたまと
ワールドカップ





COLUMN●コラム


#116
豪華な化粧箱に入っていたのは…

 今日は当然、埼玉スタジアム2002のことを書くつもりでいたのだけど、一見豪華な化粧箱のことより、中に入っていたケーキの味のことを書かざるを得なくなってしまった。


 13日のレッズについては、すべての表現が出尽くしてしまっている感じだ。このコラムを読む人は、いろいろな掲示板にも目を通しているだろうから、何を書いても二番煎じに感じるかもしれない。
 前半早々にバーをたたいたエメルソンのシュートが入っていれば、とか、後半の路木のシュートを川口がもう少し勢い良く後ろにけっていれば、とか、とも思うが、それで勝てていたかというと確信が持てない。それほどひどかった。
 グラウンドのせい。それは確かにあると思う。マリノスと条件は同じ、というが、プレーのスタイルによって影響の差は出る。レッズが危ない位置でボールを取られたり、チャンス(になりかけたの)をつぶしたりしたのは、ほとんどがショートパスのミスだ。ボールが止まって、狙った相手まで届かず、カットされたことが何度あったか。これではリズムがつくれるはずがない。
 ただ、振り返って思うのは、ボールが止まったのはグラウンドのやわらかさに起因しているかもしれないが、それが相手に取られたのは、選手の消極性が原因だということだ。まず、取られたパスはほとんどが横パスかバックパス。それで、もらう方に前に行く姿勢がなければ、止まったボールには届かない。みんなが前に前にという意識があれば、たとえボールが止まっても、すぐに追いつくことができるはずだ。
 連係ミス。そのミスは選手の消極性が生んだものだ。では、その消極性は何が生んだのか。スタジアムの大きさ? 人の多さ? スタンドとの近さ? アウエーならともかく、ホームでそんなものが消極性を呼ぶのなら、プロ選手などやめたほうがいい。たとえそうでも、それは口に出してはいけない。プレッシャーの中でも力を発揮してこそ、というよりプレッシャーをエネルギーに変えてこそ、プロのはず。僕なんか締切り時間が迫っているときほど、いいアイデアが浮かぶぞ。


 じゃあ、なんだ? それがわかれば苦労はしないのだが、僕の主観では練習の厳しさはどうなのだろう? という疑問がある。練習内容についてあれこれいう気はまったくないが、今の練習中のムードは好きではない。お前に好かれようと思って練習してる訳じゃない。もっともだ。しかし、誰かがミスしたときに、監督もコーチも周りの選手もあまり文句を言わないのはなぜだ。
 シュート練習のとき、ウイングバックへのフィードを失敗する。ウイングバックのセンタリングが飛んでもない方向へ行く。簡単なシュートを大外しする。そんなとき「しっかり決めよう」とか「集中していこう」という温かい声援は飛ぶが、叱責の声は聞こえない。それでいいのだろうか。ミスをすると練習のリズムが狂う。叱責はそれを仕切り直しする意味もあるし、ミスした本人と周りに緊張感を呼ぶ。厳しい練習とは、ヘトヘトになるまでハードにやる練習もあるが、ミスを許さない緊張感あふれた練習も、それにあたる。練習中に、チームメートに厳しい口調でアドバイスしているのは、僕の知るかぎり、トゥットと福田正博だけだ。


 クラブの体質とか責任についてもいつか言わなければならないと思うが、時間がないので後日に。
 一つだけ。シーズン中で、降格の危機がそこまで来ている今はクラブの体質云々の時期ではない。たしかにそうだ。ただ選手に精神的なカツを入れるという意味では、この時期に何かをするというのも無意味ではない、とも思う。

(2001年10月15日)