さいたまと
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COLUMN●コラム


#126
プロということ+後日談

 このごろ「プロって何だろう」ということをあらためて考えてしまう。
 「あいつはプロじゃない」という言葉が批判の言葉として安易に使われているような気がするのだ。じゃ、どういうのがプロなんだ?何をしたらプロじゃないんだ?言葉が氾濫してわからなくなってくる。とりあえず辞書を見ると「プロ」とは、職業にしている人とか専門家という意味のようだ。対語の「アマチュア」は趣味や余技としてそれを行う人、とある。


 こんなことに悩むようになった直接のきっかけは、ここ最近のレッズの人事だ。中村修三氏が「チーム統括グループ・チーフマネージャー」、いわゆる世間でいう「強化部長」になった。
 「結局、社内のたらい回し。プロじゃない」という批判を聞いた。確かに中村氏は株式会社三菱自動車フットボールクラブの社員だし、三菱自動車工業からの出向だ。ん?ということは社員の立場でいるとプロじゃないのか?じゃあ僕も河野正記者も、埼玉新聞社の社員だからプロじゃないのか?プロとはフリーのことか?
 いや、そうじゃないな。僕はMDPの編集という仕事をして、河野もスポーツの取材をして原稿を書いて給料をもらっている。これをプロと言わずして何と言うのだ?中村氏はこの間までレッズの広報という仕事をして給料をもらっていた。ボランティアでやっていた訳じゃない。今度はチーム統括(わかりにくよ〜。塚本社長、肩書変えてください)の仕事をして給料を得る。プロだろう。
 三菱自動車の出向、というのがいけない?そうか、じゃあ93年以降にレッズに入った社員はみんな出向ではないから、彼らしかプロと呼んではいけないのか?それも違うよなあ。
 結局、それで生活の糧を得ている人は、みんなその仕事のプロと言っていいはずだ。レッズで言うと、運営のプロ、営業のプロ、総務のプロ、マネージャーのプロ…。しかし駆け出しからベテランまでのキャリアの差もあれば、向き不向き、得て不得手、能力の違いなどレベルの差はある。


 「違うんだよ。心構えのことなんだ。実際の行為ややり方でプロ的かそうでないかを判断するんだ」。
 なるほど精神的なものか。しかし、これはどうだ。
 98年2ndステージでアウエーのセレッソ戦に遠征した選手の新幹線が台風で止まり、名古屋で立ち往生した。結局、選手たちは体が重くて、翌日の試合に負けてしまった。「プロなら言い訳するな」というのは、その通りだと思う。しかし「台風のせいで負けてしまった。俺の力はあんなもんじゃない」と自分のステータスを守ろうとするのもプロだ、と言えなくもないんじゃないか。
 試合で、追い付けそうもないボールを追いかけ、無駄だとわかってもライン際でスライディングする。これこそプロのプレーだ、と思う。一方、追い付けるかどうかを見極め、無駄な体力を浪費しないというものプロの在り方だ、と言われればそうかもしれない。
 これって、プロ論よりも日本人と外国人の比較精神論なのか?


 一部のスポーツ新聞には載ったらしいが、あるコーチが、解雇のやり方を不満として「クラブからこういう仕打ちを受けた」という文書をメディアやサポーターに配った。そこには「自分はプロだから、仕事は最後まで全うするが」という一文があった。
 僕はそのコーチをもちろんプロだと思っていたから、その手紙を見て、プロってのはこういうことをするものなのか?とびっくりした。でも「仕事は最後まで全うする」という割には、練習中はほとんどベンチに座っているし、練習が終わる前に帰ってしまうし、天皇杯でレッズが得点してもちっとも喜ばないし…。わからないなあ。
 それに比べて、プロの監督としてはどうか?と言われているピッタ監督。確かに「もう少し厳しくしたら?」と言いたくなるほど人当たりはいいし、たいていの頼みも聞いてくれる。ところが16日の天皇杯4回戦のこと。いつものようにハーフタイムの監督コメントを聞きに言ったレッズの広報部がロッカールームから追い出されてしまった。
 「ハーフタイムコメント」とはJリーグや天皇杯の試合のときに、プレス向けに配られるもので、ハーフタイムに選手にどういう指示をしたかが(本当かどうかはともかく)書かれている。テレビ中継などでリポーターが読んでいるやつだ。監督によっては、チームミーティングが終わってからあらためて広報に言う場合もあるが、ピッタ監督はこれまでロッカールームに広報を入れて、自分が言ったことを簡単にまとめてもらっていた。あまり規制のない人だった。
 ところが前半2−0で勝っている試合のハーフタイムに、「申し訳ないが、後で話すのでミーティングの間は遠慮してくれ」と広報に言った。広報部の須藤さんは、この試合絶対に勝つというピッタの気合を感じたという。彼も天皇杯限りで監督を降りることが決まっているが、いい加減にやっているところは練習を見ても全く感じない。それどころか、最後の仕事だから悔いのないよう精いっぱいやりたい、というムードを感じる。士気が上がらないと言われている最近の天皇杯で、レッズの選手が比較的モチベーションを保っていられるのは、もしかしてそんなところにも原因があるのかもしれない。そうするとピッタこそプロらしい、というべきなのか?


 今回は結論が出ない。何となく思うのは、本当のプロは聞かれもしないのに「自分はプロだ」などと言葉では言わないんじゃないか、ということ。粛々と仕事をこなして報酬を得ていく人もいるし、手練手管を使って自分に有利なように物事を運ぶ人もいる。やり方はいろいろあっていいだろう。でも言葉で「自分はプロだ」という人は、実は自分のやっていることに自信がないんじゃないだろうか。他人をアマチュアだと言う人は、そう言うことによって自分を少しでもプロらしく見せたいんじゃないだろうか。
 とりあえずこれからそういう言葉を使うときには気を付けよう。誰かが使ったときには「どうして?」と突っ込んでみよう。

(2001年12月17日)

(後日談)

 上記のコーチの「自分はプロだから、仕事は最後まで全うするが」というのは、手紙の中にあった言葉ではなく、話を聞いた記者に語ったコメントだった。その中には「レッズのフロントは横山氏をのぞき、みんなアマチュア」というものもあった。
 アマチュアの「甘さ」は無くしていかなければならないが、アマチュアゆえの良さもある。計算づくではないひたむきな頑張りというのはプロであっても、持っていていいはずだ。

(2001年12月17日)