さいたまと
ワールドカップ


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COLUMN●コラム


#146
「頼みます」

 「たのみます」
 階段を降りかけた僕にその人が言った。


 僕の勤める埼玉新聞社にもレッズファン、サポーターはもちろん少なくない。とはいえ会社にレプリカを着てくる訳ではないから、職場が違うと誰がそうだか、なかなかわからない。
 先日、ある熱烈な女性サポーターを社内で知り合いから紹介された。そのときは二言、三言会話を交わしただけだったが、ベガルタ戦を前にした4月12日、会社の中でその人にバッタリ会ったので、あいさつした後「仙台、行くんですか?」と尋ねた。
 「行けないんですよ、行きたいけど」
 こういう返事が返ってくると、僕は申し訳ないような気持ちになる。行きたいのに行けない、その悔しい思いを蒸し返してしまったようで。
 「そうですか。残念ですね」
 そう言って出口に向かって階段を降りかけた僕に、その人が後ろから声をかけた。
 「頼みます」
 一瞬、足が止まった。
 「分かりました」と僕。
 「お願いします」とさらに彼女。
 僕は会社を出て、自分のデスクのある事務所に向かった。何とも言えない幸せな気持ちになって。


 話はこれだけだ。もし他人が見ていたら、「この人は清尾に何を頼んでるんだろう」と思うに違いない。選手でもコーチでもない清尾にまさか「頑張ってくれ」とは言わないだろうし、「しっかり取材してきてくれ」と言っているのか?、それとも「萩の月」や「笹かま」を頼んでるのか?
 レッズサポーターなら誰でもわかる。短い言葉に凝縮された思いを、あえて翻訳すると「(私は応援に行けないけど、私の分まで応援して、チームを勝たせて帰って来るように)頼みます」なのだ。
 サポーターの応援がチームの力になることを信じている。自分がそこに行けないことが多少なりともマイナスだと思っている。そんな思い上がったレッズサポーターでなければこんな言葉は出ない。
 思い上がって何が悪い。
 どのチームのサポーターも「12番目の選手」と持ち上げられるが、ほかのチームのサポーターとレッズサポーターの一番大きな違いはアウエーゲームに行く数だ。
 レッズの戦いは自分の戦い。自分が頑張らなければチームは勝てない。そういう思いがこの人数に表れている。試合を見るだけならテレビでもいい。自分の戦いだから、チケットの何倍もの交通費と、貴重な休みを使って(あるいは休みを取って)アウエーに行くのだ。
 だから都合でどうしても行けないときには、行ける仲間に託すことになる。
 「頼みます」と。


 知り合って間もない彼女から、「仕事頑張ってください」ではなく、サポーター仲間に掛けるような言葉を言われたのがうれしかった。会社にいるときはさすがにサポーター色が薄れている僕だが、そのときは一瞬サポーターに戻って幸せだった。


 「萩の月」は、3個入りではなく2個入りになってしまったが、何とかお土産を持って帰れて、顔向けができる。
 さて、彼女の名前何だっけな?


(2002年4月15日)