さいたまと
ワールドカップ


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COLUMN●コラム


#152
実感

 えー、実感、というのはいきなりやってくるものでして。
 たとえば大学受験とか高校受験なんていうのは、3年前から(つまり高校、あるいは中学に入学していた時点で)ある程度予感されていた、あるいははっきり決まっていたことで、最初のうちは遠いモノのように思えるんですが、それがいつかの時点で、いきなり現実のものとしてググッと自分にのしかかって来るようですな。


 意味なく落語調で始めてしまったけど、最近、この「実感」を味わったのが5月17日。JAWOCボランティアの仕事で埼玉スタジアムに向かう途中、「ワールドカップまで、あと14日」という表示をみたとき。
 それまで「あと○○日」なんていう表示は町中で、いやまず朝の新聞で毎日見ていたけど、その数字が減っていっても特に実感はわかなかった。もしかして毎日1ずつ減っていくことが単純すぎて余計に実感にならないのかもしれない。これが、昨日は「あと30日」だったのがいきなり「あと7日」になったらびっくりするが。
 5月13日も埼スタに行き、そのときは「あと18日」と見てもあまり感じなかった。それが「あと14日」となって「おいおい、もうすぐじゃん!」とやっと実感がわいた。遅いよ、お前。たしかにそうです。でも、それが僕の現実。


 ところで、この「あと何日」というのとはちょっと違うけど、いきなり実感が襲ってきた経験で記憶に新しいのは99年のレッズJ2降格。みなさんは、あの年いつ「ヤバい」と思いましたか?
 もちろん最後の最後まで「降格を確信」するなどなかったけど、僕に降格の恐怖がいきなり大きく覆いかぶさってきたときがある。それは2ndステージの開幕、西京極の京都戦。
 それまでは「良くないなあ」と思いながらも降格するとはまるで思っていなかった。1stステージの最終節で名古屋に1−8で負けたときも「2ndステージで盛り返すさ」と思っていた。監督がデモスに代わり、ナビスコで鹿島に逆転負けしたものの、システムを少し変え、中村、路木という「助っ人」を入れて2ndステージに臨んだ。
 京都戦では前半30分にザッペッラが先制。とたんに「なあんだ、大丈夫じゃん。落ちねえよ」。1点取ったぐらいで全身を安心感が包んだ。この安心感、もしかして選手にもあったのか?後半同点にされ、42分に逆転弾を食らった。「ちょっと待てよ、何とかしろよ」とあせっていくのが自分でもわかった。そして終了の笛。たぶん僕の顔は蒼白だったのではないか。
 「ヤバいよ。落ちちゃうかもしんない」。この年、初めて「降格するかもれない」という恐怖にかられたのが、この京都戦の後だった。その後は、その恐怖とも戦いながら仕事をしていた。きっと選手もそうだったのだろう。相手と戦うだけでなく恐怖とも戦わなくてはならない。よけいなプレッシャーがあの4試合連続Vゴール負けを手伝ったのかもしれない。

 話を元に戻す。「ワールドカップまであと14日」、いや今日はもう11日か。来週になって「あと4日」を見たら、パニクっちゃうかもしれないから今のうちに書いておく。MDPとダブルけどごめんなさい。


(2002年5月20日)


1.ワールドカップ埼玉スタジアム・前夜祭のお誘い
 といっても埼スタが前夜祭をやる訳ではない。浦和中ロータリークラブというところの独自イベントで、6月1日に集まって埼玉で対戦する各国の料理を楽しみながらこの日の試合を見たり、イベントをやったり、というもの。県や市のやる前夜祭とは一味変わったものになるかもしれない。この日、新潟でやっているアイルランド−カメルーン戦もテレビで見られるはずだから、一人で見る予定の人はでかけてみれば?

 6月1日(土)午後2時30分〜午後6時
 浦和商工会議所会館1・2階ホール
 問い合わせ 浦和中ロータリークラブ
 (048−838−7740)


2.ワールドカップの思い出をMDPに
 あなたが感じたワールドカップを写真、感想文などでMDPに載せよう。試合の観戦記や写真より、サポーターとの触れ合いや街のようすなどがいい。立派な報告集や写真集には載らない「ナマ」の思い出を残しておこう。締め切りは7月10日。

○送り先 埼玉新聞社MDP編集室「2002思い出係」
 〒336−0012 さいたま市岸町6−5−22−101
 FAX 048−823−8559
 E−mail HAG03546@nifty.ne.jp
 (写真は状況説明を付けて。FAX、データ送信は不可)