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COLUMN●コラム


#163
リック・フレアー

 台風7号の影響で、一日遅れました(ウソです)。

 驚いた。リック・フレアーが現役でプロレスをしている!
 フレアーがNWA王者として君臨していたのは20年以上前だと思うから、今は60歳近いのか?いかにショースポーツのWWEとは言え、現役復帰とは。実際、裸になった体を見ても、表面の皮膚は若干たるみがあったが、その下の筋肉はしっかりと存在していた。さすが、毎日のようにNWA世界ヘビー級選手権試合を戦っていた実績は伊達ではない。

 話がまったく見えない人のために少し説明しなくては。
 一昔前、プロレス界にはアメリカに本部を持つWWF、NWAという、2つの大きな団体があった。
 僕の理解では、WWFがニューヨークを本拠地として、豊富な資金とアイデアをバックにノシてきていたのに対し、NWAは老舗の団体としてアメリカ各地はもちろん世界各国のプロレス団体を傘下に収め、強大なネットワークを築いていた。NWAは、一つの団体というよりも、NWA本部を頂点としたプロレス団体の集合体だった。たとえば日本ならジャイアント馬場率いる全日本プロレスがNWA加盟団体で、アントニオ猪木の新日本プロレスはWWFと提携していた。
 どこが違うのかというと、これも僕なりの理解だが、WWFはビッグイベントをニューヨークで行うことをステータスにし、自らを大きくしていったのに対し、NWAは加盟の団体を盛り上げつつ、勢力を広げていったということだ。
 その加盟団体を盛り上げるのに大きな役割を果たしたのがNWA世界ヘビー級王者という存在だ。当時、このNWA世界ヘビー級王者がプロレス界で最も権威のあるタイトルと言われた。その理由は歴史の古さとともに、影響力のある地域の広さだ。分かりやすく言うと加盟の各団体でNWA世界ヘビー級王者のタイトルマッチを行ってきたのだ。
 各団体にはそれぞれのチャンピオンがいる。たとえば全日本プロレスなら当時はジャイアント馬場がPWF認定ヘビー級チャンピオンだった(PWFというのは全日本プロレスがNWAの協力を得て設立したタイトル認定団体。「全日本プロレスヘビー級チャンピオン」では権威がないから、国際的な団体を作った訳だ)。
 各団体の中ではそこのチャンピオンが誰にも負けないエースでなくてはならない。チャンピオンの権威が傷ついたら(次のエースが育っていない限り)団体そのものが成り立たなくなってしまう。一方でNWA王者が世界最強であるという権威も守らなくてはならない。だからNWA世界王者戦というのは、地元のエースが、あと一歩のところまで世界王者を追い詰めるが、惜しくもタイトルは取れない、という形で終わることが多かった。あるいは、実質的には地元のエースが勝っていた、とか。そうすれば地元のファンは「やっぱ、オラほのチャンピオンは強いべ。でもNWA王者もさすがに強えな」ということで納得し、両方の権威は守られるという訳だ。
 また何年に1回かは地方団体のエースがタイトルを奪うことがあった。1カ月もしないうちに取り返されるのだが、世界王者のベルトを巻いたということでそのレスラーの格は上がるからだ。ジャイアント馬場もNWA王座に就いたことがある。
 ところがNWA加盟団体は多いから、世界王者はそれこそ連日のようにタイトルマッチがある。いかに鍛えた体といっても、毎日毎日ハードな試合をこなしていては身が持たない。そこでNWA世界戦には面白いルールがあった。「3カウントあるいはギブアップでないとタイトルは移動しない」。つまり世界王者が反則負けになったとき、あるいはリングアウト負け(リングの外に出て10または20カウントを数えられる)したときは、挑戦者は試合に勝ってもタイトルは奪えないのだ。また反則の中に「オーバー・ザ・トップロープ」なんてのもあった。相手を一番上のロープ越しにリング外に投げたら即座に反則負けなのだ。
 世界王者は形勢不利になったら反則負け、あるいはリングアウト負けになってしまえばいい。タイトルだけは守られる。または相手が自分をロープに振ったときにトップロープを越えて転げ落ちれば、相手の負けになるのだ。
 NWA世界ヘビー級王座に一番長くいたのは、かのリック・フレアーだろう。
 僕が思うにリック・フレアーは、相手を強く見せながらタイトルを守る名人だった。フラフラになりながら、相手のスキを突いて勝ったり、レフェリーを目を盗んでタイツを持ってフォールしたり。たまには「負けても防衛」という伝家の宝刀を抜いた。
 プロレスが筋書きのあるショーかどうかなんて関係ない。リック・フレアーのタイトル戦のあとは、世界王者が何ともずるくて憎々しげに見え、地元のチャンピオンが悲運のエースに見えてしまうのだから、まったく超一流のプロレスラーだ。

 プロレスに詳しい人にはなんともまだるっこしい前フリでした。認識の間違いがあったら指摘してください。ここから本題。

 7月13日のレッズ−ジュビロ戦の後、僕は過去の同じカード4試合を思い浮かべて、こう考えた。
 まず昨年5月3日の試合(国立)レッズ●0−2と比べて。
 あのときは、一口に言ってやりたいようにやられた。ボールを速く正確に回され、好きなように攻められた。レッズがボールを取り返しても素早いプレスで止められ、その間に守りを固められたものだった。それに比べれば13日の試合は、前半はレッズが厳しくチェックにいき、ジュビロに自由に中盤を作らせなかった。ジュビロはやむなく後ろでボールを回し、ロングパスを上げてくることが多かった。「お、去年とはだいぶ違うじゃないか。うんうん」。でも、ジュビロは戦術を変えただけで、あせっていた訳ではなかったのだ。
 そして残りの3試合はすべて1点差負けだ。99年5月8日(磐田)レッズ●3−4、同年9月4日(国立)レッズ■1−2、01年9月15日(磐田)レッズ■1−2。そして今回も■2−3(■はVゴール負け)。
 「なんだかアントニオ猪木の試合みたいだな」。プロレスの話ばかりで恐縮だが、アントニオ猪木というレスラーは、相手の強さを見せるだけ見せておいて最後は自分が勝つ、という試合が多かった。新日本プロレスの責任者として、「わが団体に来たのはこんなに強い選手なんだぞ」というところも見せつつ、エースとして最後は勝たなくてはならなかったからだ。
 レッズに1点取られたら2点、2点取られたら3点、3点取られてしまったらしょうがないから4点目…。まるで、レッズの得点に合わせて点を取ってくるかのようなジュビロと似ているでしょう。

 Jリーグ再開の前、1カ月で2万枚のチケットが売れたレッズ−ジュビロ戦は大いに注目された。聞いたところによると、新しく就任した犬飼レッズ代表がJリーグにあいさつに行ったところ、川淵チェアマンから「今度の試合にレッズが勝てば、Jリーグは大いに盛り上がる。頑張ってください」と激励されたそうだ。
 「だったら磐田に言ってくれよ」。僕は思った。
 スコアだけ見ると、もう少しで勝てそうな試合を何度もしていたレッズ。今回はワールドカップの人気をJリーグに引っ張るという狙いがある。準決勝の会場になった埼スタ。チケットは6万枚が売れている。オフト体制になって徐々に力がついてきたレッズ。ドラマのストーリーとしては、レッズが勝つしかない流れだった。ここは多少、磐田に因果を含めても…。

 そういう訳にはいかないのがJリーグだ。不思議とレッズサポーターにはプロレスファンが多いようだが、そこのところはまったく違う。ジュビロは試合巧者だが、リック・フレアーではない。いかにストーリーはレッズの勝ちにふさわしく流れていても、最後は純粋な勝負になる。今回は、ジュビロに戦術の変更を余儀なくさせたこと、そしてビハインドの時間帯が一度もなく、勝利まであとわずかだったこと。筋書きのない勝負だからこそ、これらのことをレッズの成長の部分として認められるのではないか。それをよりどころに、僕は次回こそ期待をかける。

 それともマリノスとベガルタにも手を回しておけば、ジュビロも納得してくれたのか…。言うなって。



(2002年7月16日)