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COLUMN●コラム


#214
ベガルタ仙台市民後援会


 去年の8月。Jリーグのオールスター戦が行われた24〜25日に、浦和で(うるせえな、「浦和市」じゃなきゃいいだろ!)「全国ホームタウンサミット」が開かれた。夜の懇親パーティー会場で、ある人が「清尾さん、仙台の佐々木です」と言ってご挨拶に来てくれた。「仙台の佐々木」でぴんと来たのだから、僕の記憶力もまだまだ捨てたものではない(その代わり、顔を見て名前が出てこないときが最近ある。悲しい‥)。
 98年のMDP124号23ページを開くと、そこに「レッズの応援のために仙台から小学生サポーターがやってくる」という見出しで投稿が載っている。レッズサポーターのものではなくブランメル(懐かしい)仙台サポからのもの。5月30日に駒場で行われるナビスコカップ浦和ー仙台戦に家族4人で応援に来るが、息子2人はどういうわけかレッズサポなので、試合中どなたか面倒を見てやってくれないか、というものだった。結局、当日はビジター専用席の真反対にあるサイドスタンドのグループを紹介して、2人の小学生レッズサポはめでたくレッズの勝利を思う存分楽しむことができたのだけど、このユニークな親御さんの名前が「佐々木由里子」さんだった。
 去年、僕が会った佐々木さんはご主人の知廣さんだったけど、「仙台の佐々木」と聞いてもしや、と思い当たったのだった。お顔にも多少覚えがあった。名刺を見ると、「ベガルタ仙台市民後援会・理事長」とある。うわっ!
 同会の理事長というのが、どのくらいのものなのか僕は知らない。しかし理事長だ。北の湖親方である。僕はレッドダイヤモンズ後援会の運営委員だが、運営委員というと、会長がいて、副会長がいて、理事長がいて、副理事長がいて、常任理事がいて、理事がいて、運営委員長がいて、副運営委員長がいて、そのほかに顧問とかがいて、ようやっと出てくる役職なのだ。


 冗談はともかく、佐々木さんと親しく話させていただいたのは面白かった。よそのチームのことというのはマスコミでも情報を得られるが、サポーターのことというのはなかなか知ることができない。去年の仙台サポのアウェーツアー話も大変興味深く伺った。ちょうど9月8日に埼スタでレッズーベガルタ戦を控えていたので、「何人ぐらい見えるんですか?」と聞いたところ「そうですね。大型バスで千人、新幹線で千人、マイカーで千人‥。3千人ぐらいでしょうか」とこともなげにおっしゃる。駒場とは違いチケットがとりやすいとはいえ、浦和のホームに3千人とは、やはり侮れぬのう、などと思ったものだ。ちなみに9月8日は実際にそれ以上の仙台サポがいたと記憶している。
 その佐々木さんから、去年の秋、「市民後援会で出す本に寄稿してほしい」という依頼があった。ノーギャラだというので引き受けた。それなら好きなことが書けるから。いや、そういうわけじゃないが。
 先日、完成したその本が送られて来た。うわっ!(またかよ)
 立派なのである。A4判の並製(表紙がやわらかいもの)144ページ。装丁はレッズのイヤーブックより落ちるが、内容は濃い。全試合の写真、戦評つき記録はもちろん、監督インタビュー、選手インタビュー(福永泰のもあった)、サポーター座談会、地元プレス座談会、木村和司さんと清水監督の対談、クラブインフォメーション‥。クラブのイヤーブックといってもまったく遜色ないし、クラブオフィシャルのものより遊び心があって面白い。ちなみにベガルタの「イヤーブック」はレッズの「ハンドブック」にあたるもので、シーズンの総括的な出版物はクラブが発行していない。そりゃ、いらんわな、これがありゃ。記事の内容については、いろいろ言いたい事もあるが、それは僕がレッズのサポーターだから。特に「サポーター入門マニュアル」とか「サポーター座談会」を読むと「なんじゃあ?」と思うこともある。しかし作りとしては本当に立派なものだ。流行の言い方をすると「ベガルタ仙台市民後援会」おそるべし、である。
 念のため紹介しておこう。「カントリーロード2002 ベガルタ仙台メモリアルデータブック 〜J1元年を振り返る〜」税込み1200円。ベガルタ仙台市民後援会発行 〒980−8711 仙台市中郵便局私書箱565号 vegalta@d1.dion.ne.jp


 といっても、さすがに買う人は少ないだろう。とりあえず寄稿した僕の原稿だけ紹介しておこう。以下、再録。


 仙台スタジアムは、レッズサポーターに評判がいい。
電車でも車でも浦和からのアクセスが良く、屋根があり、手ごろな大きさで、陸上のトラックがなく、全席個席で新しい。J2時代にリーグ戦で2回訪れたほかに、98年にプレシーズンマッチを行ったり、その年札幌がホームで使用したり、2001年の天皇杯準々決勝で市原と対戦したり、僕自身は97年のキリンカップに行ったりと、あれこれもう6回も仙スタに行っている。仙スタが好きだからベガルタにJ1にいてほしい、と言うレッズサポーターもいる。
 そんなベガルタが悲願のJ1昇格を果たした。J2時代を経験している者にとって、昇格の喜びは容易に想像できる。レッズサポも歓迎する向きが多かった。2002シーズンの日程、会場が発表になるまでは…。
 宮城スタジアムぅ〜?あの埼玉スタジアムよりもアクセスが不便だと、マスコミの評判も最悪だったところでやるの?
 この一件でレッズサポの仙台評は一気に悪くなった。「仙スタでやらないんなら意味ねえよ」。さらに開幕5連勝を見て「おいおい、新参者のくせして生意気じゃねえか」「上がったばっかりは大人しくしてるのが礼儀だぜ」。レッズはJ1復帰の昨年、開幕5試合を2勝1分け2敗と「上品に」まとめたのだ。しかもアウェーゲームにも仙台サポは大量に行くと聞いて、穏やかではなかった。そりゃ、レッズサポが一番のはずだろう。
 ちょっと間違って連勝して、浮かれてる奴らの目を覚まさせてやるか。そんな思いで出かけていった4月14日、宮城スタジアム。
「お、すごいじゃん」。
 仙台サポについて2000年の記憶しかない僕は、山吹色(ごめん。どうしてもゴールドには見えない)に染まったスタジアムにびっくりした。そしてメーンスタンドからも途切れなく起こるコール。1ヶ月前に行った日本平よりもはるかにアウェーを感じた。
 いや正直な話、ヤジと写真撮影やインターネットサイトに送る速報で忙しい人が増えている駒場のメーンやバックよりも「チームを応援する」という点では、あの日のベガルタはすごかったかもしれない。コールのやり方や内容などについては、それぞれのスタンスがあるから言及しない。数とエネルギー。その2点に純粋に驚いた。
 そのときからベガルタを前よりも意識するようになった。オールスターのサポーター投票で、仙台の選手が上位を占めていると聞き、いいぞいいぞ、と思った。日本代表という選手選抜制度があるサッカーにおいて、ファン投票がどこまで重んじられるのか。頑張れ仙台サポーター、と思った。8月24日、会場の埼玉スタジアムの多くを占めた仙台サポを見て、日本のトップリーグの選手からなる試合に自分たちの代表が出場している事を、心の底から楽しんでいるのを感じた。
 ベガルタには有名選手が多い半面、地元出身者や、チーム生え抜きの選手がまだ少ない。地元の新聞に毎回「○○、古巣に恩返し」という記事が載ると聞いた。チームを熱く、しかもアウェーも含めて数多く応援することで、自分との距離が縮まっていく。つまり移籍選手の多いこのチームが、自分のチームになっていく。ベガルタサポーターの熱さの背景にはそういう無意識の思いがあるのではないか、という気がする。
 サポーターは最後までやきもきしただろうが、ベガルタは来季もJ1の一員でいる。昇格一年目というフレッシュさがなくなっていくとき、応援がどうなっていくのか。仙台の人の見方はどう変わっていくのか。興味津々だ。
 それと同じくらい興味があるが、見たくないもの。それは、一度も勝っていない浦和レッズに勝った時、仙台サポーターがどうなるのか。これは永遠の謎にしておきたい。


(2003年2月12日)

<追伸>
  本といえば、レッズの選手の本音トークでおなじみの「浦和レッズのしゃべり場」第5弾が出た。今回は永井雄一郎。聞き手は不肖・私。こちらは「浦和レッズのしゃべり場 V 満足しないフォワード 永井雄一郎」/950円+税。発行・ランドガレージ(048−832−9977)。