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COLUMN●コラム


#235
帽子


 今回は長いわりに、レッズにもフットボールにも直接関係がない話。読み終えて怒らないように予告しておこう。


 26日、セレッソ戦の後、心身ともに疲れて帰るサポーターには本当に申し訳ない気持ちだったけど、大阪に泊まった。理由は、昔の知り合いに会うためだ。MDPを印刷している会社の人で、93年のJリーグ開幕のときから、つまり本格的な立ち上げのときにお世話になった。今は転勤で大阪におられる。もともと大阪のご出身なのだ。Dさんとしておこう。


 いまは写真も文字もレイアウトも、10年前とは比べ物にならないくらい技術が進んでいるから、日曜日にあった試合の結果が写真入りで火曜日発売のサッカーマガジンやダイジェストに載っている時代だが、93年当時は、水曜日の夜に大阪であった試合の写真がどうして土曜日のMDPに載っているんだ?とびっくりされた。新聞なら当たり前でも、印刷の後、乾くのに時間がかかり、さらに製本が必要な「ページもの」というやつは簡単ではなかったのだ。
 当時は僕も初めての仕事で、とにかく材料をそろえて締め切りに遅れないよう入稿するのに一生懸命だったから、その後のデザイン会社と印刷会社の苦労に気をやる余裕がなかった。その締め切り自体が、仕事の特殊性を考慮してくれて常識はずれの時間に設定されていたことに気が付いたのはだいぶ後だった。
 MDP200号にも当時の話が少し載っているが、デザイン会社にも大変な努力をしてもらった。しかし最後はフィニッシュのところにしわ寄せがいく。当初は「試合中に届けるのならなんとか間にあう。しかし試合前となると‥」と、Dさんは頭を抱えたらしい。しかし引き受けてくれた。交渉したのは僕ではなくレッズだったから、そのあたりの葛藤は直接知らない。だが想像はつく。できないことを安請け合いしないのもプロだが、誰もできそうにない仕事に心を動かされるのもプロだ。どっちが本物なのかよくわからない。僕は後者でありたいと思っているが、結果的に迷惑をかけてしまうこともあるから、その辺は大いに反省しなければならない。
 プロが引き受けたからには、何が何でも成功させる。当初は、直前の試合の翌日に一気に材料が入るMDPのため、各ページごとに別の担当者をつけるほどだったらしい。そうしてできたMDPは、社内の会議で毎回取り上げられるほどの評判だったと聞いて、僕も少しは安心した。しかし、あらためてそういう話を聞いて、お前は本当に引き受けた仕事を完璧にこなすために最善の努力をしているか、と問いかけたくなる。ちょっと余裕があるからと飲みに行ったり、眠たくなったら寝たりしていないか。一人でやってることを理由に、「これは仕方がない」とあきらめていないか。人手が足りないなら人員を増やす要請を会社にしているか。プライドは大事だが、自分のプライドを守るために肝心なもの=MDPのクォリティを犠牲にしていないか。


 前置きが長くなった。え?そう、ここまで前置きなの。そういう恩人のDさんと久しぶりにゆっくり会うために土曜日は大阪に泊まったんだ、という言い訳。
 その晩は2軒の店に行った。最初はこじんまりした和食の店。
 次はもっとこじんまりしたショットバー。古い店で、10時になるとボーン、ボーンと10回鳴る柱時計が、わざとらしくなく掛けてあった。若いバーテンダーが一人で切り盛りしている。切り盛りというほど忙しそうではなかったが。
 カウンターの隅に腰掛けると、そのバーテンダーがコースターを前に並べながら僕に言った。
 「恐れ入りますが、お帽子をお取りいただけますか」
 「はい?」。バーテンダーの言葉は明瞭だったが、聞き返してしまった。
 「お帽子をお取りいただけますか」。高圧的でもないし、必要以上に低姿勢でもない。
 僕は帽子を脱ぎながら言った。
 「わかりました。でもなぜですか」。愚問である。
 「店の中ではお帽子はご遠慮いただいてますので」。正論である。


 帽子を常用するようになったのは、今年からだ。気分と状況にあわせて4〜5種類をとっかえひっかえしている。大きな理由は、最近ヘアースタイルをスキンヘッドにしたからだ。果たしてスキンヘッドをヘアースタイルというのかどうかは疑問だが。スキンヘッドも最近は増えてきたが、それでも違和感があるのか、ジロジロ見られる。電車に乗り込んだとき、レストランなどに入ったとき、人込みを歩いているとき。必ずそこにいる人がこっちを見る(ような気がする)。僕は何も周囲を威圧するためにスキンヘッドにしている訳ではないので、他人を騒がせるのは申し訳ない。だから人前では常に帽子をかぶることにしたのだ。
 もともと屋内で帽子をかぶることには抵抗があった。家の中では帽子は脱ぐもの。それは特に不都合のない限り道の右側を歩かないと落ち着かないのと同じように体に染み付いている。しかし、いま言ったような理由で逆に人前ではこの頭を隠したほうがいいような気がしてきたのと、最近はレストランでもどこでもみんな帽子のままで入っているのを見て、「まあ、いいかな」と抵抗を抑えてかぶるようになってきた。土曜日もそういう流れで、試合の日にかぶることにしているMDC(マッチデー・キャップ)をずっとかぶっていたのだった。


 「ああ、言われましたね。実はさっきの店で、言おうかどうしようか迷ったんですよ。でも、私が言うのも失礼かと思って」。Dさんが気の毒そうに言った。
 「関西ではわりとうるさいですよ」
 そうだったのか。Dさんが「マナー知らずな奴だな」と思いながらも、僕に遠慮して注意をしなかったことに気づいて心の中で赤面した(ヘンか?)。
 屋内では帽子をかぶらない。僕のDNAが記憶していたことは正しかった。しかし世間の風潮に流されて、この晩のことがなかったら僕は屋内での着帽について、だんだん抵抗すら覚えなくなっていったに違いない。帽子は外でかぶるもの。店の中に帽子をかぶった人がいると、それは店内の落ち着いた雰囲気をぶち壊す。当然のように注意してくれた大阪の若いバーテンダーとDさんに感謝だ。


 周りの風潮に流されて自分の信念をだんだん曲げてしまうこと。決して帽子だけではない。肝に銘じた。Dさんとの話には、紹介したいことが他にもあるが、それはまた別の機会に。


(2003年4月28日)

<追伸>
 セレッソ戦のこと?なんだか、あらゆる表現、会話がサポーターの間で出尽くしているような気がする。大勝したときは何度聞いてもいいだろうが、こんなときは二度も三度も聞きたくないでしょ。でも、ひとつだけ。
 「10年の間に何度同じことをやれば気が済むのか」とは僕も思うが、でも10年見ているのはサポーターだけだ。セレッソ戦に出場した14人のうち、94年からいるのは山田だけ。内舘は96年からいるが、99年までは出場数が少ない。94年9月、22分で3点取って、その後清水に逆転負けしたときにいた選手なんて、もう誰も残っていない。開始11分で3点取るなんて経験した選手は今のレッズにほとんどいない。というか、J1に復帰してから2点差以上をひっくり返されたことなどなかったのだ。経験を生かしてないのか!と言ってもほとんどの選手は経験していない。
 試合に想像力は必要だし、少なくとも1点返された時点で何とかすべきだったから、経験がないことが敗戦の言い訳になるはずもないが、起こってしまったからには、この初体験を貴重な教訓として次に生かしてほしい。「次」とか言っても「開始11分で3点」なんて、そうそうあるとは思えないが。