●INDEX

●バックナンバー
●ご意見・ご感想
COLUMN●コラム


#252
8秒1+追伸


 僕が通っていた小学校は全校生徒百数十人の小さな規模だった。市販テストの記名欄に「( )年( )組」とあるのを見て「組ってなんだ?」と最初は不思議だった。1学年は20数人。入学してから卒業するまでクラスの顔ぶれはほとんど変わらなかった。
 たしか女子が11人、男子が9人だったように記憶している。6年間クラスが変わらないのだから、いろんなことに序列ができていく。
保守的な地域で、男女の垣根が高かったから、男子9人の中での序列である。「絵が一番うまいのは誰、次が誰、あいつは下手」とか、「石頭では誰が一番でボボ・ブラジル級、二番は誰で大木金太郎並み‥」とか。


 僕は体育が苦手だった。勉強しなくていいから体育の時間自体は好きだったが、走るのも、鉄棒も、ボール投げもすべて9人の男子の中で最低だった。特に走る速さに関しては、ほかの事柄よりも序列がはっきりつきやすい。1位の子から9位の僕まで、順番に並べ、と言われたらすぐに並ぶことができたくらいだ。
 毎年秋に運動会がある。当然、短距離走もある。4〜5人ずつ二組に分かれて走ったような気がする。3等までリボンがもらえるから、4人で走ると1人だけ何ももらえない。僕は初めからあきらめていた。人によってはどっちの組に入るかで入賞の順位が変わるが、9位の者はどっちで走ってもビリだから。


 6年生の運動会だった。百メートル走のとき、例によって4人中4番目を走っていた僕は、コーナーで(一周2百メートルだから、グラウンド半周走。1つコーナーがある)3番目の友達をとらえてしまった。
 (ありゃ?抜けるぞ)
 体力はまだ余っていた。3番目どころか、その前の2着の子にも追いつける気がした。
 (3等になれる!)
 喜んで抜こうとした僕を、違う僕が止めた。
 (なあ、一番遅いはずのお前に抜かれたら、そいつが可哀想じゃないか)
 その子も脚は速くなかった。だが自分より遅い清尾がいるから、ビリではない。かけっこにおいては、僕の存在が「頼り」だったのだ。
 (そうだな。俺はビリには慣れている。ここでいきなり俺に抜かれたら、こいつは立ち直れないかもしれない)
 本当だってば。本当に小学6年生の僕が、そのときそう考えて、追い抜く1歩手前でスピードを落としたんだってば。マセガキだったんだってば。
 結局、小学6年生まで、僕の走力は9人中ビリで変わらなかった。


 中学生になった。中学校は家からバスで15分のところへ通う。全校生徒1,000人。1学年で40人学級が7〜8クラス。環境、激変だった。9人の小学校仲間はみんな1〜2人ずつバラバラのクラスになり、僕も1人で新しい世界に入っていった(本当は同じ小学校の女子が1人いたはずだけど記憶にない)。
 入ってすぐの体育の時間で体力テストがあった。50メートル走もある。出席番号順に2人ずつ組になって走る。両手にストップウォッチを持った先生がゴールで計測する。ちなみに小学校時代、50メートル走のタイムを計ったことはなかった。世界で一番速い人は100メートルを10秒で走るんだ、ということだけは知っていたが。
 僕の番が来た。相変わらず自信がなかったが、思い切り走った。一緒に走った奴が後ろになった。これまでにない経験だった。ゴールしてハアハア言っていると、先生の「8秒1」という声が聞こえた。周りがざわついた。「8秒1やて‥」。友達がささやきあっている。
 (なんだ?8秒1って速いのか)
 速かったらしい。入学してすぐに親しくなった友達が「清尾、すげえな」と言ってきた。8秒1というのは、そのときまでの最高記録で
、結局全員が走り終わった中でも1位か2位だった。僕は不思議だった。ひょっとしてうちの小学校は脚の速い奴がそろってたのか?他の学校の奴らが遅すぎるのか。


 下校時間になった。バスは1時間に2本くらいだから、同じ小学校の仲間とは半分以上、一緒のバスになる。バス停に行くと、数人の友達が待っていた。そのうちの1人が僕の顔を見て「おい清尾、お前今日8秒1出したんやて?」。周りの友達も言う。「うそやろ」「グス(ズルのこと)したんやろ」「お前がそんなはええわけないやろ」。よってたかって、まるで犯罪者扱いである。無理もない。その日体育の授業がないクラスもあるから全員ではなかったが、僕の数字はその日計測した小学校時代の仲間の中では最高記録だったのだ。6年間の常識が覆ってしまったのだ。
 「お前、今まで実力出しとらんかったんか(出していなかったのか)」
 それは、あるかもしれない。少なくとも6年生の運動会のときには、「俺は本当はビリではない」という確信に近いものを持てたのだから。でも、そんなことを言ってもしょうがない。


 「先生の計り間違いやろ。そんなけりゃ(そうでなければ)ストップウォッチ壊れとったんや」。
 面倒くさくなった僕はそう答えた。自分がズルをしたというのはとんでもないが、みんなの「常識」を大事にするにはそう言うしかなかった。しかし、もはやイジリモードに入っていた仲間たちは、そんなことで納得しなかった。バスが来るまで退屈だということもあったろうが。
 「ここで走ってみい」
 なんだあ?
 「おお、そうやそうや、○○と競走してみい」
 ○○とは、小学校時代一番脚が速かった仲間だ。彼はまだ50メートル走の計測をしていなかった。たまたま、そこにいた。昭和44年の石川県加賀市大聖寺とは言え、バス通りだから車は走っている。人通りもある。そこでかけっこするだと!
 言い出したら聞かない、というか誰かをイジリだしたら止まらない奴らである。それは6年間の経験で体に染み付いていた。しょうがない、走ってやろうじゃないか。
 だいたい50メートルくらいを目分量で測り、ゴールを決めて位置についた。小学校時代であれば、そいつとかけっこの一騎打ちなんてあり得ない話である。ヨーイ、ドン。
 基本的に走るのはうまくないからスタートは出遅れる。だが抜ける。そいつの肩を見ながら、あと少し頑張れば抜ける、と感じた。


 本当に僕は根性なしだった。今度は彼に同情したのではなかった。一番速かったそいつを抜いてしまったら、また何を言われるかわからない。これからの3年間の中学校生活を思うと、ここは負けておいたほうがいい。一瞬の間にそう考えて、抜けるものを抜かないような根性なしだった。
 しかし中途半端な根性なしだ。半歩差で最後までずっとくっついていってやった。彼は、勝つには勝ったが、かつては圧勝していたはずの僕に詰め寄られて脅威を感じたに違いなかった。みんな釈然としないながらも、その場はまるく収まったのだった。
 ちなみに中学2年生のときの計測では僕の50メートル走は7秒9。走る部活でなかったのだから(剣道部だった)、これくらいの伸びでまずまずだろう。


 僕の小学生時代のヒエラルキーは6年間かかってできていったものだ。たかだか2年半、5回の対戦。しかもメンバーもずいぶん変わっている。レッズがFC東京に勝てない、なんて偶然に違いない。だが長く続くとロクなことはない。つまらないジンクスは早いうちに消してしまった方がいい。
 水曜のナビスコ最終戦。勝てばレッズはAグループ2位。BグループでFC東京が勝って(仙台戦)、横浜Mが負ければ(柏戦)、レッズは準々決勝でFC東京と2回当たる。嫌がる人が多いと思うが、僕は2ndステージ(10月18日)を待たずに8月中にFC東京に借りを返したい。5敗の借りは大きいがトーナメントで勝つのはリーグの1勝よりもある意味で大きい価値がある。


 そういうことを言うのに、何も30数年前の話を長々と出さなくても‥。すまん。

(2003年7月14日)


<追伸>
 なんで小学低学年のころビリだった運動能力が、学年が上がるにつれて人に追いついていったのか。それは僕が3月31日生まれだったことと大きな関係があると知ったのは、はずかしいことに大学生になってからだった。小学生時代から知っていればコンプレックスも感じなかったし、中学生ぐらいになったら自信も持てたのに、と思うと少し残念である。でも小1のとき、一番低かった背が5年生ぐらいから高い方になっていったんだから、自分で気づけよ、とも思うが。日常的な変化というのはそれほど気づかないものなのだ。


<追伸2>
 ひょっとして清尾って小学校時代、いじめられっ子だった?そう思うかもしれないけど、自分ではそう感じていない。だいたい日常的に、何かのきっかけで誰かをイジッって喜んでいたのは間違いないが、それは僕であったり他の仲間であったり。自分がイジられているときは嫌だったけど、それが固定されていた訳ではなく、この話題だと誰、というふうに決まっていた。だからイジメではなくイジリと書いたし、小学校時代の級友が「仲間」だったという思いは変わらない。ただ生意気な性格だったので、「イジメ」られやすいタイプだったのだろう。中学時代からは呼び出されて殴られたりしたこともあった。社会人になるとさすがに直接の暴力はないが。僕の場合「そっちがその気なら」と思うから、イジメられたとは感じないのだけど。


<追伸3>
 だから別に自慢話じゃないだろが!俺だって、中学1年で8秒1が速いなんて思ってねえよ!そういう話じゃねえだろ。「彼我の関係を固定的に捉えると自分の成長にも気がつかなくなってしまうよ」という話だろ。実話だから。恥を忍んで書いた俺の実話だから。「私は中二のとき6秒8でした」「俺は6秒4だった」「最高記録は6秒だった」‥とか書いてくんなよ。俺が生まれたところは裏日本なんだから、少しは割り引いて考えてくれよ。
 といいつつ反応の速さに驚いている。というか、昔、脚が速かったことをひそかに誇りに思っている人っているんだなあ。