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COLUMN●コラム


#287
今朝の駒場


 僕の家は、前にも書いたけど(あれ?MDP本誌だったか)緑区松木。ヴェルディっぽい住所だ。会社に行くのに、国道463号線バイパスを通っていく。自分の車でもバスでもほぼ経路は変わらない。ちょうど行程の半ば辺りで、駒場スタジアムの横、バックスタンド側を通る。駒場にも埼スタにも車で10分、大原に15分という便利なところに住んでいる。会社が一番遠い…。


 バスの方が乗用より座る位置が高いから、窓からの景色も違って見える。というか自分で運転しているときには、あまりゆっくり眺めている余裕はない。車のときは駒場スタジアムの照明塔とバックスタンドの防音壁ぐらいしか見えないが、今朝はもう少し下まで見えた。夕べは車を会社に置いてきたからだ。
 朝日に照らされた駒場スタジアムの外観は、そのときどきの状況でいろんな気分にさせてくれる。明日は試合、というときは自然に気持ちが高ぶってくる。前日が試合だったときは、当然その内容と結果が思い出されるし、どこかでサポーターのコールまで聞こえてくる。今日、まず頭に浮かんできたのは、昨日の試合後、ベンチの横でがっくりと膝を落として座り込んでいた土橋正樹の姿だった。
 彼のそのときの思いについては、ここでくどくど言うまい。レッズサポーターなら誰でもよくわかっているだろうから。僕の下手な表現でみんなの心を壊したくない。
 その後、土橋は、同じく今季限りでレッズを離れることが確実な城定信次と一緒に場内を一周し、レッズサポーターに別れを告げた。それは駒場スタジアムへのサヨナラでもあったと思う。たぶん2人とも、サポーターに手を振りながら、駒場の光景を目に焼き付けていたのだろう。


 駒場スタジアムは無機質な建物だ。しかし歴史がそこに命を吹き込む。レッズのホームスタジアムになって11年。改修されて8年半。決してレッズだけが使ってきた訳ではないが、あのピッチで一番多くボールを追いかけたのは赤いユニフォームだし、スタジアムを最も激しく揺り動かしたのは「ウォリアー」や「浦和レッズ」というコールだったし、コンクリートの床は何千人もの「跳ね」をしっかり受け止めてきた。そしてあのスタンドを雨の次に多く濡らしたのはレッズサポーターの涙だったろう。
 しかし、どんなドラマが起ころうと、駒場スタジアムの外観は変わらない。いつだったか、僕はMDP本誌に「初優勝は駒場でしたい」と書いたことがある。思い出した。2001年、埼スタができたころだ。
 レッズの初タイトルは駒場ではなかったが、リーグ初優勝を駒場でする可能性は残っている。話を作れば「おいレッズ。いつまで待たせるんだよ。93年にJリーグの初優勝をしてくれたのはいいが、ありゃ鹿島じゃないか。いつになったらここでタイトルを取ってくれるんだよ」と言っているかもしれない。
 でも、たとえ駒場でリーグ優勝をしたとしても、翌日の駒場の外観は何も変わっていないだろう。変わるのはそれを見る人の心だ。


 土橋のことを思い出した後、もう一度スタジアムに目をやると、今シーズンのことを振り返る余裕ができた。レッズの12シーズンの中でも「トップ5」に入るほど中身の濃い1年だったし、タイトル獲得ということでは、これまでのベストだ。昨年も、ナビスコ決勝進出、リーグ9試合負けなし、という評価点はあっても、終わってみれば形で残ったものは少なかった。それを今季は形にした。リーグは終盤で力尽きたし、天皇杯はまだ麓の段階でリタイアしてしまった。
 でも今年はタイトルがある。少し長くなってしまったこのオフは、来季のことに気を揉み、思いを馳せながら、「それにしても、あのときは」と11月3日(とその前)のことを酒の肴にできる。今後10年間、同じ肴では困ってしまうが、とにかく福田の得点王以外の肴をレッズがテーブルに乗せたのは初めてなのだ。
 そのナビスコカップのタイトルを獲得したのは国立競技場だったが、それまでの5試合はすべて駒場スタジアムだった。ヴェルディの「なんちゃって」PK、ジュビロの余裕の引き分け、といった悔しい試合も見てきたが、逆転予選突破も、ロスタイムの同点弾も、一発顔を張られただけで相手をボコボコにしてしまったような準決勝も、全部あそこで見てきたんだ…。
 そう思ったときには、バスはもう産業道路の交差点に差し掛かっていた。


 優勝以外は負けて終わるしかない天皇杯。相手がJ2というよりも、駒場では負けてほしくなかった。92年は国立、93年栃木、94年博多、95年万博、96年国立、97年鳥取、98年丸亀、99年駒場、00年駒場、01年埼スタ、02年駒場…。コンディションやモチベーションの維持、調整が難しい大会だというのは百も承知。それでも駒場では勝たなければいけない。レッズにはそれだけの義務がある。そういう状況でも勝っていく強さを身に付けることが、リーグも戦い抜ける強豪チームになることとイコールなのだろう。
 またチームの指導体制が変わるシーズンオフ。変化には凸凹があるものだから、ずべてにおいて前進することは難しいが、総体として後戻りは絶対に許されない。これまで、「ゼロから」とか「マイナスから」の出発が多かったフロントにとって、一番厳しいオフになるだろうが、それを選択したのだからやり切ってほしい。
 お手並み拝見、とは言わない。僕は闘いがあったら、飛び込んでいくのが好きだから。


(2003年12月15日)


<追伸>
 話をだいぶ作ってるな。巨人の星じゃあるまいし、バスが駒場の横を通り過ぎる、たかだか1〜2分で、そんなにいろいろ思い出せるはずがない。でも「初優勝はここじゃなかったけど、ナビスコのホームは全部駒場だったな」と思ったのは事実だからね。
 金曜日以降、大原に行くことがなくなり、酒を飲む機会が(きっと)増える。仕事で車が必要なくなるから僕も毎日バス通勤になることだろう。完全なシーズンオフに駒場スタジアムの外観を見て、何を思うか。また報告できることがあったら、ここで紹介したい。
 さあ忘年会のお誘い歓迎。今年は肴もお土産もいっぱいあるよ。