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COLUMN●コラム


#288
おめでとう


 昨日のコラムで、天皇杯初戦敗退で、土橋が全身の力が抜けたようにがっかりして泣いていたことを書いた。
 もう1人、あのときピッチにいた11人以外で、今シーズン悔しい思いをしたに違いない選手がいる(いや、他にもいるだろうが)。


 マルシオ・エメルソン・パッソス。
 昨年より1試合多いリーグ25試合に出場し、昨年より3点多い18ゴールをマーク。ナビスコカップでは、準々決勝で3点、準決勝で3点、決勝で2点の計8点をたたき出し、優勝に大きく貢献。直接のゴールだけでなく、永井、山瀬、達也へのアシストや、前線からの献身的な守備など、活躍の度合いを飛躍的に伸ばした。
 しかし2ndステージ優勝のかかった終盤の2試合を警告累積による出場停止。その2試合でレッズは勝てず、結局リーグV戦線から脱落してしまった。おまけに得点ランクのライバルだった名古屋のウェズレイに3点を取られ、可能性を残していた個人タイトル、得点王も一気に彼方へ行ってしまった。
 そして札幌時代から毎年リーグが終わるとケガを理由に(いや、本当にケガはしていたのだが)ブラジルに帰国してしまい、出場したことがなかった天皇杯。今年は、やはり軽くないケガをしていたにもかかわらず優勝を目指してトレーニングしていたが、初戦までに回復せず出場を見送った。しかし結果としては、またも天皇杯出場数に0がつくことになってしまった。


 「エメルソンがいないと何にもできないじゃないか!」
 そういう批判を全面的に否定はできないが、何にもできない、というのは言いすぎだ。今季もエメルソンがいなかったナビスコの神戸戦(4月9日)と2ndステージの仙台戦(9月27日)には勝っている。下位のチームだけじゃないか、と言われればその通りだが、何もできない、というのは当たらないだろう。リーグの終盤2試合と天皇杯3回戦は、エメルソンだけでなくニキフォロフもいなかったのだ。
 と強がっても、そう言われて反論できない部分はある。それはチームメート自身が一番そう感じているはずだ。「エメルソンがいないと何にもできない」とは言われたくない、と。


 チームの優勝を誰よりも願っていた選手の一人、エメルソン。胸突き八丁の13節、14節を出場停止で、さぞ悔しかっただろう。「俺が戻るまで、どうか踏ん張ってくれ」と祈るような気持ちでいたに違いない。最終節前に話を聞いたとき、出場停止のきっかけとなった東京V戦の警告に対する不満をずっと言っていた。2試合出られなかったことをどんなに残念に思っているかあらためて実感した。こんなに審判批判的なコメントをMDPに載せていいのかな、と思いながらもエメルソンの気持ちをみんなに知ってもらうのに一番ふさわしいと思って、あえて隠さなかった。
 そしてリーグの悔しさを晴らそうと臨んだ天皇杯。最終節の同点ゴールと引き換えに(別にあの瞬間だけではないけど、そう思ってしまう)、右ヒザのケガを悪化させ、2週間を過ぎた13日になっても、第12節の東京V戦の前より悪い状態だった。出場可能な程度に回復するまであと何日必要だったか、今となってはわからないが、12月14日も「俺が出るまで、残っていてくれよ」と祈っていたに違いない。


 彼は自分の力をよく知っている。チームメートへの信頼は2001年に比べると格段に強固になっているから、彼自身が「俺がいないとこのチームは何にもできない」などと傲慢に思っていることはありえない。しかしチームの中で自分が果たすべき役割がどれほど大きいかは自覚している。


 ナビスコ決勝前のことだ。右ヒザのじん帯を負傷してリハビリに努めていたエメルソンが31日の金曜日、久しぶりにボールを蹴ることになった。チームの練習が終わり、報道関係者がすべていなくなった大原で、ドクターやトレーナーの見守る中、10〜15m先に向かって右足でキックしたとたん、彼は激痛で倒れてしまったという。試合のわずか3日前だ。それから、土曜、日曜とひたすら回復に努めた。決勝は出られなくても不思議が無い状態だった。
 でも彼は「出たい」と言った。そして、出た。オフト監督もメディカルスタッフから正確な情報を聞いたうえで「GO」を出した。
 試合後のコメントでエメルソンが「20分ぐらいしかできないかもしれないと思っていたが」と言っていたのを覚えているだろうか。実は試合前に彼はドクターから「15分か20分ぐらいまでは痛いかもしれないが、体が温まってくると痛みは薄れてくるかもしれない」と言われていた。金曜日に激痛で倒れたのは、痛みに驚いたからで、覚悟していれば耐えられるぐらいのものだった。それでも耐えながらサッカーができるものなのか、と言えば僕にはとうていわからない世界だ。満身創痍でも必要とあれば試合に出ていたラモス氏を思い出す。
 リハビリ中は、痛みを軽減するために患部にテーピングをしていたが、試合のときははずした。特にFWの選手は動きに制限が出る(ような気がする)から、テーピングを嫌がる。山瀬の先制ゴールを誰よりも喜んだのはエメルソンだったろう。先取点がどうしても欲しいレッズ。なかなか点が入らなければ自分が無理をするしかないが、早い時間帯は痛みが大きい。そこに飛び出した前半13分のゴール。プレッシャーから少し解放されただろう。振り返ってみると、あの試合、開始早々のオフサイド以外は、前半より後半の方がエメルソンの動きは良かったように思う。見るものにとって後頭部のケガはショッキングだったが、本人はその痛みよりも深刻な右ヒザの痛みが、体が温まって薄れてきたことの方がありがたかったはずだ。


 在籍3シーズン・2年半。レッズの過去の外国籍選手の中で、ブッフバルト(4シーズン・3年半)、ペトロヴィッチ(4シーズン・2年4分の3)に次ぐ長さになった。
 もはや単なるポイントゲッターではない。今季は自分を利用して周りを生かすことが非常にうまくなった。苦しいときにチームメートとサポーターにプレーで勇気を与えることも少なくない。そして何より勝利への執着心はチーム一と言ってもいいほどだ。もちろん、それは期間の問題ではない。
 彼もまた、「助っ人」の域を超えた。


 2003シーズンのMVP、おめでとう。エメルソン。トロフィーを手にして左手を突き上げたポーズ、カッコ良かったよ。


(2003年12月16日)


<追伸>
 シーズン前、「エジムンドの加入でエメルソンが生きる」という期待が高まっていたのを思い出す。もしエジムンドが残っていたら、得点王は取れていたかもしれないが、今のエメルソンはあっただろうか。