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COLUMN●コラム


#294
岡野



 岡野雅行のレッズ移籍が発表された。レッズから他チームへ移籍して、またレッズに復帰した例は安藤、室井、城定など少なくないが、完全移籍した選手がレッズに戻るのは初めてだ。浦和レッズに来る選手は誰であれ歓迎するのが当然だが、それが岡野なら僕はもっとうれしい。岡野は一度自分の意志でレッズを離れた選手なのにどうして?うーん…、きっと僕はプロサッカー選手としての岡野より、岡野雅行個人を見てしまうんだろうなあ。


 個人を見てしまう、と言っても、僕は岡野と個人的な付き合いはまったくない(岡野に限らずレッズの選手と取材以外で食事をしたり、遊びにいったりすることはまずないが)。にも関わらず、岡野のサッカー選手以外の面が好き、と言えるのは、それだけ彼がふだんから自分をさらけ出している、ということだろう。少なくともレッズにいたときはそうだった。


 97年11月、フランスワールドカップアジア最終予選で、本大会出場を決めるVゴールを挙げて一躍有名人になったときは、「いっぱい電話がかかってきて、俺こんなに友達がいたのか、と思いました」というセリフで笑わせてくれた。
 98年8月8日、アウェーの神戸戦で途中出場で3点取り、次の平塚戦ではまたベンチスタートだったとき、「途中から出てハットトリックしても次スタメンで使われないんじゃ、何なんだと思っちゃいますよね」と不満を口にしたこともあった。ともすればチーム批判、監督批判になるから、そういうときには取材していても嫌なムードになるのだが、どうも彼の場合はそうならない。練習などでふて腐れた態度が一切なく、出番になると持ち味を百%発揮する。それを知っていたかもしれないが。
 99年11月23日のヴェルディ川崎戦で、途中ヒザのじん帯を切りながら、最後まで走り続けたこともあった。そしてレッズがJ2に降格したとき、チームメートに「移籍しないでレッズに残り、来年チームを復帰させよう」声をかけたのも有名な話だ。
 2000年11月19日、J2での最終節。延長に入る前、ピッチに登場して全力疾走し、不安になっていたスタンドのムードを一気に明るくしたのも記憶に新しい。
 そして01シーズン、J1復帰という義務を果たした男は出場機会を求めてレンタル移籍していった。8月11日、駒場でヴィッセル神戸との試合が終わり(●1−3)、運営本部にいた僕は、そこに入ってきた岡野を見て、「あ、そういうことか」と思ったのを覚えている。


 アウェー戦のとき、相手に元レッズの選手がいても、僕は試合前はあまり話をしない。これから自分のところと試合なのに「頑張って」というのは何か嫌だし、まさか「負けろよ」とも言えない。だから試合が終わってから挨拶するようにしているのだけど、試合後は忙しいから話しかけられないことも多い。だが岡野は遠くにいても顔を合わせると、「ああ、どうも」と向こうから来てくれる。さっきも言ったけど何も個人的なつきあいはなく、かつてレッズ時代に知り合ったヤツに、わざわざ自分から握手を求めに寄ってくれるのだ。「ああ、岡野は浦和のことを好きなんだなあ」と実感したものだった。
 その後、福田引退試合のMDPの取材で話を聞いたときも、それを強く感じたのだが、まさか完全移籍した選手とまた一緒に仕事できるとは思わなかった。誤解のないように言うと、サッカー選手の以外の面が好き、というのは、サッカー選手としては好きじゃないと言ってるのではない。去年の神戸ウイングでの2アシストにはまいった。福田、井原、両氏の引退試合で決めたシュートも素晴らしかった。あれをレッズでも見られるかと思うとワクワクする。

(2004年1月19日)

<追伸>
 岡野の回復力がズバ抜けていたのは知っている人も多いだろう。ケガからの回復も早いが、噂によると遊び疲れからの回復も早かったらしい。彼と同じペースで飲んだりして、次の日の練習に差し支える選手もいるのに、本人はケロッとして練習に参加していたそうだから、やっぱり豪傑だ。