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#303
今年「は」


 女性の扱い方は本当に難しい。この年齢になってもまだわからない。女性というと少し年齢が上の人を指す語感があるから、もう少し一般的に言うと、女子、か。
 女子の扱いは一つ間違えると大変なことになる。自分の意図とまったく違ったふうに感じ取られることもしばしばで、そんなに難しいならいっそ近づかない方がいい、とも思うのだが、そうもいかない。女子なしでは世の中が、特に日本は回っていかない。とりわけ僕のような仕事をしていると、女子なしでは生きていけないと言ってもいい。だから女子の扱いには人並み以上に慎重になる。一回一回に思いを込めているつもりだ。


 あれ?
 漢字変換違ってました。助詞です、助詞。


 動揺が収まるまで、話題を変えよう。
 マスコミ業界の端くれにいるものとして言うと、何を世に出していくかは基本的に受け手、新聞・雑誌なら読者、テレビなら視聴者、ラジオなら聴取者のニーズを慮って決めている。エンターテイメント性は、テレビ>ラジオ>新聞、だと思うが、新聞にせよ事実なら何でも同じに書く訳でなく、読者のニーズ、というものを気にしている。ましてやテレビはニュースを除けば、視聴者が見てくれるかどうかが判断基準のほとんどだろうから、決して製作者の趣味で作っているのではない。ないはずだ。ないはずなのだが。


 U−23代表のイラン戦でやった「個人カメラ」って、よっぽど好評だったのだろうか?(「個人」には当然選手の名前がついているだけれど、名前を書くとその選手を批判しているみたいだからやめる。「Hカメラ」だと誤解されるし…)
 少なくとも僕の周りではあまり評判が良くなかったのだけど、テレビ局が替わった韓国戦でも同じ試みをやるというのは、「視聴者のニーズ」が高いとしか思えない。してみると僕の周りだけがヘンなのか?やっぱりレッズサポーターって…。


 受け手(読者、視聴者)のニーズ、というのは調査するのが簡単とは言えない。積極的に「これをやって(載せて)くれ」と言ってくるものが、多くの人に共通した要望とは限らないのだ。また、何も言われないのが、このままでいいのか、それとも興味がないのか、区別がつきにくい。よく「ニーズにこたえて」という言葉を聞くが、あれは正確には「みなさんのニーズだとわれわれが思っているもの」という意味かもしれない。
 自分の仕事に置き換えてみると、MDPは本当に読者であるレッズサポーター、ファンのニーズにこたえているのか、と気にかかる。いや、そもそも、いま「読者であるレッズサポーター、ファン」と書いたけれど、必ずしもイコールではないのだから、何を大事にしたらいいのか、シーズン前になるといつも悩むところだ。


 年賀状を始めとする新年、新シーズンのあいさつで、「今年も○○なMDPをお願いします」と言ってくれる人が多い。実はこれがくせもの。○○のところはいろいろな言葉が入るけど、最初の部分はほとんどが「今年も」。「も」と言われると、それだけで「ああ、これまでのMDPで満足してもらっているんだな」と安心してしまうのだ。これがもし、「今年は○○なMDPを」と書いてこられたら、「お、今までのMDPは○○さが足りなかったのか」とドキッとする。助詞が一文字違うだけで身が引き締まる思いになるのだ。


 増刊号の仕事が一段落して、いよいよ通常号の企画に入っていく時期だ。少しでも良いMDPにしていくために、みなさんの意見をいただきたいが、その場合、無理にでも、今年「は」○○なMDPを、という言葉でいただきたいのだが、どうだろう。もちろん、そのまま実現する保証はないが、必ず検討させてもらう。
 ただし「今年はリーグ優勝記念のMDPを作ってください」というのはちょっと…。

(2004年2月23日)