image
 
●INDEX
image
●バックナンバー
●ご意見・ご感想
COLUMN●コラム

image

#307
信頼


 豊田さん。新著で、僕が小松市出身だと話しているところがありましたけど、小松高校出身とは言いましたが、小松市出身とは言っていないはずですが…。僕の生まれたところは加賀市というところです。あ、でも全然気にしていないのでご心配なく。清尾の出身が小松市だろうが加賀市だろうが何も問題はないでしょうし。
 でも先日息子に「経歴詐称だ」と言われたので、そう言えばこのコラムで何度か「加賀市」のことを書いたから、ひょっとして「清尾は加賀市出身なのに、周りには見栄を張って小松市だと言ってるのか?」と疑う人がいるかもしれない、と思って一応ここで再度表明しておこう。僕は石川県加賀市塩屋町イの27番地に18歳直前まで住んでました(誕生日が3月31日なので高校卒業時はまだ17歳だった。と、さりげなく誕生日が近いことをアピール。バレンタインデーやキリストの誕生日はNGだけど、自分のバースデーはプレゼントウエルカムだから)。
 ところで、加賀市<小松市なのか?たしかに市の「格」ではそうかもしれないが、小松市出身だと箔がつくと思ってはいないぞ。


 その小松高校の2年生のときだったと思うが、クラスで授業をボイコットしたことがある。科目は政経だった(いま「政経」ってあるのか?)。だいたいその学校の生徒は生意気で、教師に対して「授業が詰まらない」「教え方が良くない」「先生には力がないんじゃないか」とか面と向かって言うやつもいたほどだ(僕じゃないよ)。
 政経という科目は、教え方によってはずいぶん面白いんじゃないかと思うが、2年の時の担任は若い男の先生で、ほとんど教科書の説明をするだけで、現実味のある話が何もなく、魅力ある授業ではなかった。心がまったく通わない、一方通行だったのだ。
 「センセ、おもしろねーわ」「教科書読んどるだけやし、時間の無駄やわ」
 はっきりそう言う生徒もいたが、あまり改善はされなかった。
 ある日、誰かが「授業をボイコットしよう」と言い出した。こういうとずいぶんと政治的に過激な匂いがするが、きっかけはサボり心だった。その政経の授業は6時間目で、その日の5時間目の授業(何だったか忘れた)が教師の都合で自習になった。こういうとき、6時間目の授業を5時間目に繰り上げてもらえば6時間目が自習となり、5時間目が終わった時点で帰れるのだ。もちろん学校から奨励されている訳ではないが、わりと大目に見られていたし、たいていの教師は協力してくれた。もし繰り上げ対象となる授業の教師がその時間都合が悪かったりすると、さらに他の授業の時間と入れ替えることもあった。その交渉をする室長(クラス委員)の腕の見せ所だった。
 その政経の教師は5時間目に他の授業がなかったにも関わらず、繰り上げを拒んだ。昼休みが終わり5時間目の自習時間になると、自然とクラス集会みたいになった。
 受験科目ではなかったこともあった。
 集団心理もあった。
 ふだんの授業に対する反発もあった。
 とにかく、みんなで帰ってしまおう、ということになった。強く強制はしなかったが、2〜3人を除いて生徒たちは教室を出た。家に帰るか、所属している部室に行くか、町で遊ぶか。僕はおそらく友達の家にマージャンをしに行ったと思う。
 何かの処分があるかもしれないと思っていた。親に連絡がいくのも覚悟していた。でも、そうしたら「こんな授業に出る価値があるか?」と公に議論できる、という思いがあった。その教師に対する信頼は僕の中ではゼロだった。偉そうに言う割にはコタツで「リーチ!一発」とかやってたんだが。


 何も処分はなかった。クラス担任からのお咎めもなかった。その次の政経の授業でその教師は開口一番「先日の事は、みなさんからのメッセージだと受け止めました」と言った。それから授業が格段に面白くなった訳ではないが、何か少し血が通ってきたような気がする。


 別に武勇伝を語ったつもりはない。授業が面白くないからと言ってサボることが正当化される訳ではないと思う。ただ生徒が思い切って「センセ、授業がおもしろねーわ」と言っても受け止めてもらえなかったことが、ボイコットという行為によって深刻に考えて考えてもらったことは事実のようだ。


 お前の30年前の話が、何かサッカーに関係あるのか?
 関係ないかもしれないけど、このことを思い出させるニュースがあったから。
 外出禁止令を破った選手たちはもちろん悪いが、選手数人にそういう行動を取らせたということは、もしかしてジーコ監督は選手に信頼されていないんじゃないか?
 サポーターが辞任要求デモをやろうが、支持署名を集めようが、選手との間に信頼関係が築けているかどうかが最大の問題だと思うな。

(2004年3月22日)


<追伸>
 僕は高校時代の3年間、バスと列車を乗り継いで学校に通っていた。バスや列車の本数が少なくて、8時30分の始業に間に合うには、朝6時35分のバスに乗らなければならなかった。帰りは帰りで、6時間目が自習になっても家に帰る列車は変わらなかった。だから友達の家に行くしかなかったのだ。ちゃんと自習しろよってか。