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#324
最後のウォリアー


 「いろいろとご迷惑かけました」
 FC東京戦勝利のあと、スタンドに駆け上がった僕に、彼はそう言った。
 「迷惑」か。
 この11年間、レッズとレッズサポーターをめぐるいろいろな事。揉め事も少なくなかったが、感動的な事もあった。重苦しいこともあれば、それらを吹き飛ばすくらい素晴らしい出来事もあった。僕は、そのすべてではないが、いくつかに首を突っ込んできたし、たまにはド真ん中にいたこともあった。そして、彼もサポーターの中心としての立場上、好むと好まざると、それらの多くに関わっていた。そういう関係から、僕を見かけた開口一番、思わずそういう言葉が出たのだろう。
 だが僕は彼に迷惑をかけられた覚えはない。と、いうよりもレッズサポーターに迷惑をかけられたという気持ちは全然ない。「ああ、面倒くせえなあ!」と思ったことは数え切れないほどある。「面倒くさい」けど「迷惑」ではない。だって、自分からやっていることだから。
 僕の仕事はMDPを毎回きちんと(ミスなく!)出すことであり、それ以上のことは会社(何度も言うけど、僕は埼玉新聞社の社員だからね!)からもクラブからも指示されていない。レッズをめぐることはともかく、サポーターをめぐるいろいろなことに顔を出しているのは、興味本位でも取材でもなく、僕自身がサポーターとしてやっていることだ。
 嫌なら近くに寄らなけりゃいいし、近くに寄っても関わらなきゃいい。関われば、面倒くさいことは面倒くさいけど、「迷惑」という表現は当てはまらない。
 「迷惑なんかじゃねえさ。てめえがやりたいから、やってきたんだ。おまえが今日までゴール裏でやってきたようにな」
 こう口にすればカッコよかったのだけど、さすがにできなかった。やはり北方謙三は実践できない。


 彼が、FC東京戦を最後にコールリーダーを辞める、と決意した理由は聞いていない。試合前に、あるサポーターからそのことを聞かされたときにも「どうして?」とは問い返さなかった。きっかけとか自分の中で折り合いをつけるための言葉とか、そういうものはいろいろ必要だったろう。だが、レッズサポーターのコールリーダーという立場は、いつ辞めたくなってもおかしくないものだと思っているから、特に不思議ではなかったのだ。
 サラリーマンのやってみたい仕事のナンバーワンはプロ野球の監督、という話をだいぶ前に聞いた。今はナンバーワンなのかどうか知らない。仕事ではないが、「レッズサポーターのコールリーダー」というのもやってみたいランクの上位に入るのではないか、サポーターの中では。正直言えば、僕もそうだ。だけど「やってみる」のと「やり続ける」のとではまったく違う。
 試合前の気合を入れるセリフ、ウォリアー、要所要所でのコール、勝利の後の一言…。そこだけみれば、まったくカッコいい存在だ。だが90分間、いや試合の前後も含めれば約2時間、人前に姿をさらしてリードを取り続けることがいかに大変か。試合の流れが悪いとき、何をしても変わらないとき、次はどうする次はどうする、と考えながらあの場に立っているのは、想像するだけで凄まじい「闘い」だ。
 連勝しているときはいい。前の試合で負けたとき、調子が悪いときに、どう試合に入っていくか。逆に負けた後で、次の試合に向けた切り替えをそこからどう始めるか。
 サポーターのことを書いた拙著「浦和レッズがやめられない」の取材で彼と話したとき、ある試合の日、家から駒場までの道すがら緊張のあまり気分が悪くなって吐いてしまった、と聞かされて驚いた。その試合での彼は、大一番にふさわしくカッコよかったことを覚えていたからだ。大一番とは2000年11月19日。レッズのJ1復帰の日だ。水面に出ている笑顔と水中の立ち泳ぎの脚。シンクロの選手を思い浮かべた。


 「やってみたい」では済まされない仕事。ちょっとやって「やっぱりやめた」が許されない仕事。そしてやり続けることで信頼を生む仕事。コールリーダーとはそういう仕事だ。職業という意味ではなく、やるべきこと、という意味での仕事だ。
 それをやめるときは「ちょっと休む」ではなく「降りる」。そういう気持ちになるのだろう。
 昨日の夜、酒場で会ったあるサポーターに「清尾さん、FC戦のとき、後ろ(スタンド)ばっかり見てましたね」と言われた。
 その通りだ。彼がどんな表情で仲間をあおっているか、見ないではいられなかったから。ウォリアーの叫び、仲間に水を撒く、大口を開いて笑っている、スカーフを回す…。
 別に、もう試合に来ないとか、レッズを見ないとか、そういう訳ではないから、スタジアムで会うこともあるだろうし、サポーターの一人として声を出していることもあるだろう。もしかすると何年かしてゴール裏に立っている彼がいるのかもしれない。しかし、あのときは「これで最後」と思っているに違いない彼を、「これで見納め」とシャッターを切っていた。


 一番残念なのはレッズのリーグ優勝のときに彼がゴール裏に立っていないことだ。
 聞きたかったのだ。レッズが2ndステージで優勝し、マリノスとチャンピオンシップを戦う。勝負を決める第2戦はレッズのホームで、おそらく埼スタ。そこでウォリアーを一発やった後、彼が叫ぶ。


 「そりゃあ、6万人の声じゃねえだろ!」


(2004年6月29日)

<追伸>
 FC東京戦57,000枚のチケットが出たそうだけど、入場者は52,000人あまり。約5,000枚が無駄になってしまったのはもったない限りだ。その中には来たくても急に来られなくなった人もいただろう。何はともあれ、MDPにも書いたけど今季の埼スタの平均入場者数は5万人を超えた。これが2ndステージの6試合を終えても維持しているようなら、すごいことだと思う。レッズがそれだけの試合を展開してくれることを期待する。 
 ところで#323で書いた埼スタの公式キャパだけど、63,000人は僕のカン違いで、63,700人となっていた。日本-インド戦の63,148人では消防に気兼ねすることはまったくなかった。申し訳ない。ただ、63,700人の中には見切り席(椅子があっても構造上ピッチが見にくい席。通常は販売しない)やビューボックスも含めているはずなのに、どこにそんなに入れたの?という疑問はやっぱり残るが。