「たかが、されど」と言うのは、最初は野球に付けられた言葉で、「けだし名言」だ。いろんなところで使われているし、これからもそうだろう。ただ、言葉の「深み」というやつは、使う人によって変わってくるもので、野村克也さんが言うのと、プロ1年生が言うのとでは全然違う。
たかが4試合、されど4試合。
たかが4試合終わったばかりである。2ステージ制の15試合なら、1stステージ優勝はかなり無理がある(それでも「絶望的」と言わないのが、マスコミとサポーターの違いなんだろうが)。しかし今年は1ステージ制で、試合数も34試合に増えた。なんだ増えた4試合分を消化しただけじゃないか。まだまだ、これからだ。
そう考えてもまったくおかしくない。
されど4試合。4試合で勝ち星なしというのは深刻。今季のレッズの目標は優勝。そこを握って放さないのなら、もうこの辺で勝ち星なしに歯止めをかけないといけない。というか、連勝しないといけない。今年のレッズに順位は関係ない。見なくてはいけないのは、首位との勝ち点差だ。
これももちろん正論。特に99年を経験したレッズサポーターがこういうと、一般的な「されど」よりは深みがある。あの年は、前年の2ndステージでチーム最高位の3位になった。原さんが引き続き監督として指揮を執った。今年こそ優勝だと息まいてシーズンに入った。開幕戦は福田の「マガジン表紙ゴール」(注)などでガンバに勝ち、ますます波に乗った。しかし開幕戦の後は△△●△で、第6節で平塚に快勝したが、その後3連敗した。自動降格制度ができて初めてのシーズンで、「こんなことじゃ降格するぞ!」という人もいたが「まだまだ大丈夫」という人の方が多かった。僕も1stステージのうちは、そう思っていた。だが、1シーズンを終わってJ2に落ちた。
変に危機感をあおる気はない。
まだ4試合。もう4試合。両方の側面があるのは事実。
試合を見ると、間違いなくレッズのサッカーが相手を上回っている時間帯がある。10人でも9人でも45分以上、相手に力負けしなかったこともある。2点差に追いついたこともある。
一方、勝ったナビスコカップでも、後半になると運動量が落ちたりラインが下がったりして相手に主導権を握られる場面が増えた。ナビスコは前半2点取っていたから1点取られても逃げ切れたが、前半1点だけだったG大阪戦は引き分けた。そして結果として4試合で勝ち点2、順位は最下位という事実がある。
今のレッズを「こうこうだ」と言い切ることは難しい。天秤ばかりの針が微妙なところでプラスとマイナスを行ったり来たりしている、そんな感じだ。G大阪戦も前半、エメの惜しいシュートが何本かあった。「一人でやりすぎ」と言われたエメが長谷部に絶妙なスルーパスを送った場面もある。逆に後半は、完全にやられたと目を覆ったガンバのシュートがはずれてくれた。鹿島戦や大分戦を見たら「後半になって動きが悪くなる」とはとても思えない。
あとちょっとだと思う。その「ちょっと」を埋めるべくチームも練習しているし、選手もいろいろ考えている。そして、いつも言うことだけど、「ちょっと」を左右するのはサポーターの応援だ。勝利と敗北の間で揺れる針を勝利の側に動かす力がサポーターにはある。
今季は、「強いレッズ」「優勝しそうなレッズ」だから試合に来る人も少なくないかもしれない。あるいは長年応援してきた人でも「やっと左団扇で試合が見られる日が来たか」と喜んでいる人も多いだろう。そんな人たちは試合を見ていると「こんなはずじゃない」と思ってヤジの一つも飛ばしたくなるかもしれない。応援する口が閉ざされてしまうかもしれない。
でも僕は思う。サポーターあってのレッズ。応援あってのレッズの勝利。熱いサポーターがほとんどいなくても優勝したチームもあった。試合には選手を見に来るファンがほとんどで、応援しているのはサンバ隊だけ、というチームもあった。それはそれでいい。
でも浦和レッズはそんなチームじゃない。サポーターの最後までの応援なしで勝ち続けていけるようなチームじゃない。もし、そうだったら僕は仕事の対象として以外の興味を感じなくなるだろう。いま応援しているサポーターの多くもそうじゃないか?
「たまには楽に試合を見せてくれよ」と愚痴をこぼすくせに、「やっぱり俺たちがいないと駄目じゃないか」と少しうれしそうに言う。
浦和レッズのサポーターは、それが宿命なのだと思う。
「日本一のサポーター」となんか呼ばれなくていい。「日本一のチームのサポーター」にさせてくれ。
だけど、チームが勝手に日本一になる訳じゃない。「チームを日本一にするサポーター」が必要なのだ。浦和レッズの場合は。 |