Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#014
少年サッカー
 初めて全日本少年サッカー大会の県予選をきちんと取材したのは90年だった。
 その年は前大会でFC浦和が全国優勝したため、埼玉県からは2つの出場枠があり、県予選の準決勝を勝ち抜いたFC鶴ヶ島と上尾朝日が全国への切符を得た。決勝で勝って第一代表になったFC鶴ヶ島には河合竜二の兄がいた。
 翌91年の県予選決勝はFC浦和が勝った。メンバーに堀之内聖や三上卓哉、98年にレッズユースから上がった三木崇史らがいた。
 MDPが忙しくなり、少年サッカーの取材から離れるようになって、僕はしばらくあの雰囲気から遠ざかっていた。
 埼玉県には3つの少年サッカーの県大会がある。2月に決勝大会が行われるNTT東日本カップ(5年生大会)、11月に行われる県少年団大会、そしてこの全日本大会県予選だ。
 NTTカップは新人戦なのでその年の勢力図を占うムードがある一方、まだ実力的にアンバランスがある中での大会だ。県少年団大会は時期的に小学生最後の大会として、県最強チームを決める集大成的な意味合いが強い。優勝チームには達成感があるだろう。それと比べて全日本県予選は埼玉代表を決める大会なので、勝ってますます「全国だ!」と意気が上がる。見る側としては、優勝チームが決まって終わりではなく、このチームが全国で勝ち抜けるか、という見方をする。真夏の時期に1日2試合のペースで行われる全国大会。11人だけでは勝ち抜けない。また多彩な各都道府県代表との対戦なので、「うまさ」だけでなく「強さ」も必要になるのだ。

 今年の県予選は久しぶりに最終日に行けた。6月19日、埼スタの第2、第3グラウンドで午前10時から準決勝が行われ、決勝は、L・リーグの取材と重なったので見られなかったが、準決勝のうち、新座片山FC対江南南戦を見せてもらった。取材なしで、ただ観戦したのは初めて。雰囲気を味わえた。驚いたのは、昔に比べて観戦者が多かったこと。当該チームの関係者以外に、サッカー少年や指導者が大勢見に来ていた。僕のような単なるファンもいたに違いない。
 試合は新座片山が、浮き球に強い伝統的な持ち味を発揮して勝った。片山は後半の立ち上がりに1人退場者を出し、不利な展開ながら試合終了間際に1点を奪って勝ったのだから劇的な勝ち方と言っていいだろう。僕は知らず知らずに頭の中で原稿の構成や監督インタビューの内容を組み立てていた。結局、決勝でも片山が勝ったらしい。
 たとえばレッズの試合のない日に他のJリーグの試合を見に行っても、取材のことを考える、というふうにはならない。やはり取材の対象として少年サッカーを長年見ていたから、その習慣が体に染み付いているのかもしれない。
 もし少年サッカーの仕事をしていなかったら、今の僕はないだろうと思う。人生の偶然というやつはどこでどうなるかわからないから、違う形でレッズに関わっているかもしれないが(ゴール裏でトラメガ持って、裸になって…、それはないな。性格上)、こんなふうにレッズの発足時から仕事として関わり、92年の創刊時からMDPを作っていることはなかったと思う。
 原点、というのとはちょっと違うが少年サッカーは今の僕のスタート地点だった。迷ったときは出発点に帰れ、などと言うが、現在は本業にも関わるものだ。これからもなるべく時間を作って見に行こうと思う。とりあえず7月27日から31日まで行われる国際ジュニア大会は行けそうだ。あれ?特別協賛・浦和レッズ、大宮アルディージャ…。取材か?
(2005年6月20日)
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