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Weps うち明け話
#051
「森ですが」
 森さんに初めてお会いしたときの印象は今でも鮮明だ。さすがに日付は忘れたが、1990年の冬に近い秋だった。当時僕が勤めていた埼玉新聞社の2階の応接兼会議室のドアを開けて「森ですが」と顔を出された。
 あ、この人が森さんだったのか!
 正直言って当時は、メキシコ五輪銅メダリストたちの名前は数人記憶にあったが(森さん、横山さん、杉山さん、釜本さん、宮本輝樹さん、小城さん…かな)、自信を持って顔と名前が一致するのは釜本さんだけ。で、「見たことある!」と言えるのが森さん、横山さん、杉山さんの3人だった。だから初対面のような気がしなかった。

 その日はその場所で、「浦和にプロサッカーチームを作ろう会」と「浦和スポーツクラブ設立準備会」の合同会議が行われる日だった。両者は、その年の春には一つのグループとして「プロサッカー誘致」の活動を展開していた。
 活動の柱は二つあった。「地元にプロサッカーチームを誕生させることで、浦和の活性化をはかる」という町おこし的な要素がまず一つ。「サッカーどころの浦和抜きでプロリーグがスタートしてたまるか」という意地もあった。
 もう一つは、新しいプロリーグが、参加するプロチームは「ユース、ジュニアユース、少年の下部組織を持つこと」という条件を掲げていることに着目し、「少年団、中学校、高校、という年代別の輪切りのサッカー指導ではなく、少年時代からの一貫指導で強い浦和のチームを」ということだった。浦和の名を冠したチームが全国でなかなか活躍できなくなったことを憂う、当時のサッカー関係者の「サッカーの強い浦和を復活」という思いが底流にあった。さらに「サッカーだけでなく他のスポーツも取り入れた総合スポーツクラブに」という流れが加わっていった。
 何回か会合を重ねるうち、先に挙げた「浦和にプロサッカーチームを作ろう会」と「浦和スポーツクラブ設立準備会」にメンバーが分かれていった。「プロチームを誘致する方が先決」という意見と「しっかり地元に根を張ったスポーツクラブの設立が優先」という意見、つまりそれまでの活動の二つの柱をそれぞれ独自に追求していこう、ということになったのだ。

 「作ろう会」は、当時日本リーグ1部に所属していた本田技研にアプローチした。ホンダのサッカー部関係者は当然プロ化に名乗りを挙げたかったが、企業発祥の地、静岡県浜松市はホームタウンとするには様々な問題があって難しく、浦和をホームタウンの有力候補にしていたのだ。しかし社内事情で本田技研はプロ化を断念。パートナーを失いかけた「作ろう会」だが、逆にプロ化自体は社内決定していたがホームタウンが定まらないで困っていた三菱自動車にアプローチし、好感触を得た。またプロ化の条件の一つ「下部組織」についても、地元でそういう話が進んでいるのなら、と「浦和スポーツクラブ設立準備会」と連携することを示唆した。
 そういう訳で、いったんは別行動になった二つのグループが、三菱自動車サッカー部という共通のパートナーを見つけて、また一つになった。この日はそういう日で、三菱自動車サッカー部の全権大使が森さんだった。当時は総監督(サッカー部副部長)という肩書きだった。今にして思えばGMのような仕事だった。白髪はほとんどなかったように記憶している。
 僕?僕は、なんやかんやのいきさつで「作ろう会」にも足を突っ込み、「スポーツクラブ準備会」の事務局もやっていた。本業以外には異常に熱心な社員だったのだ。
 その後、レッズ発足に伴い、森さんは監督という立場になった。93年から週2回というペースのJリーグでMDPを作ることになった、と僕が報告したとき「あれは大変だろう」と心配そうな顔をしてくれたのも記憶にある。
 実は、その顔にはもう一度、お目にかかった。去年の今ごろ、「埼玉新聞社を辞めてフリーになることにしました」と報告したとき、「それでやっていけるのか」と心配してくれた日だ。後日、「門出祝いだ」と焼肉をご馳走になった。

 初めてお会いしてから15年と数ヵ月後。昨日、大原サッカー場で選手、チームスタッフ、クラブスタッフに囲まれた森さんの写真を撮った。森さんがチームにお別れの挨拶をしたミーティングルームでは割れるような大きな拍手が起きた。
 これから、どうされるのか知らない。森さんのことだから「浦和で広島焼きの店かもつ鍋屋をやる」という冗談みたいな話が本当になるかもしれない。もしかして、どこかのクラブの仕事をしないとも限らない。でも「浦和レッズの森」の名は永遠に消えることはないだろう。
 一緒に仕事ができて幸せでした、森さん。今度は僕に焼肉おごらせてください。
(2006年2月1日)
〈EXTRA〉
 森さんのエピソードなら書けることも書けないことも豊富にあるのだが(前者<後者)、どうしても最初の出会いが頭から離れなかった。機会があれば、他のことも紹介したい。え、駄目ですか?森さん。
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