Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#066
じゃ、また。おやすみ
 着信記録は24日土曜日の20時44分になっている。携帯を握り締め、タクシーの運転手さんがびっくりするほどの大声を出してしまった。レッズユースの取材で那須から帰って写真を処理し、一休みして食事に出かけたところだった。疲れてタクシーに乗っていてよかった。バスや電車なら携帯が鳴っても出ないから、知るのが遅れていたことだろう。

 「親父が今日亡くなりました」
息子の一樹君がそう告げたとき、信じられないという思いの陰で、年上の人が逝くことを受け入れる準備ができている自分に気がついた。そういう年齢になってきたのか。
 それにしても54歳は早すぎる。松尾直樹さん。松尾さんでわからない人は、浦和の居酒屋「よかにせどん」のマスター、で通じるだろう。5年前に出した拙著「浦和レッズがやめられない」にも登場してもらった人だ。脱サラして常連だった店の経営者となり、「客おこしに」とレッズ色を出していくうちに自分自身がレッズにハマり、店の常連を中心にできたグループに入って駒場の並びなどもやるようになった。試合になるとデーゲームはもちろん、店の営業時間にかかっても従業員に任せて出かけていくこともしばしばだった。そして試合が終わると一目散に店に戻る。すぐにサポーターが押し寄せてくるからだ。近年、埼スタでの試合が増えてからは試合の後の真っ赤な「よかにせ」も減っていた。
 その松尾さんが6月24日、病気で亡くなった。

 居酒屋「よかにせどん」は、「居心地のいい」店の一つだった。僕は試合の後に顔を出すときよりも普通の日に1人で行くことの方が多かったと思う。こう言っては何だが、大繁盛している店ではなかったから、いつでも座れた。1人でゆっくり飲みたいのか、話がしたいのか、僕の微妙な雰囲気を察して、放っておいてくれたり、前に座ったりする松尾さんだった。
 僕のボトルは胡麻焼酎「紅乙女」の1升瓶。シーズン中は忙しくて半年ぐらい店に行かなかったこともあるが、ずっと置いてくれていた。松尾さんは1人で飲んでいる僕の前に座ると「いただきやーす」と言って僕のボトルから自分のコップに注ぐ。売り上げ増進?そんな理由ではない。これがコミュニケーションだった。僕が行くのは22時過ぎのことが多かったから、店がはねてから(正確な閉店時間をいまだに知らない)も2人で飲んでいる。地下だから、遅くなるとガードマンがビルを閉めにくるが、それでも飲み足りないときは、近くの店に連れて行かれた。浦和で長く店をやっていれば当たり前なのかもしれないが、同業者のそれも女性に顔が広いのに感心した。

 そう。何故だか若い女性に人気があった。女性に限らず若い人からは慕われていたと思うが、女性が近くに寄ってくる人だった。と言っても「モテた」のとは違う気がする。もしかしたら、松尾さんには危険を感じずに何でも話せたからかもしれない。本当はモテモテだったとしたら、ごめんなさい。
 僕が本の取材でじっくり話を聞いたとき、離婚のときの話になって「そこまで書くの?」と言われた。サポート活動だけではなくて生きてきた道を書きたいんだから、と言うと「よし、わかった。清尾さんに任せるよ。でもあっち(別れた奥さん)が悪いみたいには書かないでね」と了承してくれた。しかし、前に勤めていた大手損保会社の名前はどうしても明かさなかった。知り合いに迷惑がかかることは極力避けたい。そんな人だった。

 場所柄、テナント料も高かっただろうから、店の経営が順調だったとは思えない。実際、「最近どう?」と聞くと「全然だめ」という返事がほとんどだったが、その答え方が実にあっけらかんとしていた。「昨日なんか、4時間半開けててお客が2人よ。経費の方が高いよ」という話を笑い話のように言うのだから、沈んだムードにはならなかった。
 店は50席と広く、全体が見回せる構造だったので、何度かイベントに貸してもらった。レッズに関することを本音で語り合う「トークライブ」だ。営業時間外の土曜日の午後、30人から40人ぐらいのレッズサポーターが集まり、クラブのスタッフにも来てもらって時間が短く感じられるくらいの白熱した会を持った。僕はそこで何人ものサポーターと仲良くなり、自分自身にもプラスになったが、もう一つの「お客さんを増やす」という密かな目論見はどうだっただろう。あまり貢献できなかったようだ。
 後に「よかにせトークライブ」と銘打ったこのイベントは最近、開いていない。最後にやった2003年は日程の関係で場所を埼スタのボールルームにしたが、名称はそのまま「よかにせトークライブ」だった。

 毎年、調神社で行う花見も楽しみの一つだった。仲間が結婚し、子どもができ、だんだんにぎやかになっていく。年長の子が小さい子の面倒を見ているのを目にすると時代の流れを感じ、ふと松尾さんを見たことがあったが、幸せそうだった。仲間といるときが一番楽しかったのだと思う。僕もその端っこにいたのだろうか?今はもう聞けない。

 じゃ松尾さん、また。
 おやすみ。
(2006年6月26日)
〈EXTRA〉
 息子の一樹君の許可を得て、告知します。松尾直樹さんの通夜はきょう6月26日(月)18時から、告別式は27日(火)12時半から、浦和区駒場の蓮昌寺で。場所は駒場スタジアムから、道を一本挟んで北側。
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