Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#067
終わったことより次
 小学生のころ、テストの点が悪いと母親に叱られた。だから見せるのが嫌だった。僕の母は教育熱心だったから、テストがいつあるという情報を僕からきちんと聞き出していたし(それを誤魔化すほどの知恵はなかった。てか、40年前の日本は親に対する従属心や尊敬の念は、今の日本からは想像がつかないくらい強かった。だよね?ご同輩)、それがいつごろ返されるだろうという予想もほぼ当たっていた。
 昔、教師をしていたからかもしれない。

 あるとき悪い点を取って家に帰るとき、下校途中に一計を案じた。言っておくけど、ムチャクチャ悪かった訳ではない。うちの母は百点で「当たり前」、95点なら「何で一つ(二つかも)間違えた!」、90点だと「なんや、これは!」、80点台は激怒、万一70点台など取ろうものなら将来を悲観して1時間ぐらい泣く、そんな人だった。
 たぶん89点ぐらいだったのだろう。例によって、「何で、こんな問題が…!」と怒り始めた。しばらく聞いていた僕だが、一息入れるのを待って「お母さん、じきにまたテストあるかもしれんのや。勉強せんと(いかん)」と宣言した。母の怒りは少し収まり「また、あるんか?」と尋ねた。「明日はないと思うけど、なんか先生の話聞いとったら、すぐまたテストあるみてえに言うとったわ」。「ほんなら、はよ部屋行って勉強しねえね」

 別に嘘をついた訳ではない。小さなテストは結構あったんだから。そもそも百点を逃した僕が一番悔しい思いをして帰ってきているのに、さらに追い討ちをかけるように、母にあれやこれや言われたくなかった。小学1〜2年生ではなく、5〜6年生になると、親を「だます」訳ではないけど「かわす」ぐらいの知恵はついていた。
 「今度は頑張るよ」と言っても「当たり前や!」と切り返されてしまうのは必定。しかし目の前に次のテストが迫っているような雰囲気にすれば、「終わったことを言うより、次にすぐ備えさせねば」と思ってくれる。その作戦が当たって、そのときの母の小言は本当に「小」言で済んだ。

 断っておくけど僕は母に感謝している。当時は「何でウチのお母さんは、こんなにうるさいんだろ」と思ったが、おそらく傍にいて叱咤しないとぐうたらな僕は何もしなかっただろうから。だから、フリーになった今はこのコラムを休みがちになるのかもしれない(全然違うと思うが)。

  ブラジル戦が終わり、さあ4年間の総括だ、というときに川淵会長の口から「オシム」と言う名がポロっと出たことで、マスコミの話題はそっちに集中してしまった。あの「失言」が計算されたものだったのか、本当に失言だったのか、それはどっちでもいい。
 次の日本代表監督はオシムが第一候補?そう。それはそれでいいけど、この4年間の総括をまずきちんとしようよ。
 協会会長の意図にかかわらず、組織だったら当然必要な「蓄積」という、やるべきことをきちんとやってもらおう。それには総括をしっかりすることが第一だ。総括するには、元になる方針が必要だが。
 本当はジーコジャパンの4年間だけではなく、フランス大会以降の8年間、あるいはJリーグができてからの14年間というスパンで見る必要がある。そもそも日本リーグができたのは、日本のサッカーを向上させるという目的があったのだし、Jリーグができたときにも、地域にスポーツ文化を根付かせる核になる、ということと同時に、プロリーグを作ることで日本のサッカーをさらに強くするという目的があったのだから。

  残念ながら僕は日本のサッカーの歴史、というテーマで何かを言えるほど取材をしていないので、ワールドカップでの成績、という目に見えることだけで言うと、Jリーグが始まってまだ2年目の94年のアメリカ大会には出場できなかった。98年のフランス大会はギリギリで本大会に出場し、3戦3敗1得点で勝点0だった。2002年の自国開催は日本国民全体への浸透という点ではポイントになったが、代表チームの成績という点では( )をつけて考えなければならないだろう。だから飛ばす。06年はやや余裕を持ってアジア予選を突破し、本大会で3戦1分け2敗2得点で勝点1。着実に、そして少しだが前進していると考えても間違いではないだろう。少なくとも後退はしていない。出場枠が24から32になったことを考えれば、94年大会と98年大会では日本チームの成績に実質的に大きな差はない、と言えなくもないがやはり現実にワールドカップに出場できたのとできなかったのとでは差がある。
 現実的に言えば、日本の代表チームのレベルは、アジア予選を突破するのがまず第一にしっかりこなさなくてはいけない課題。そして本大会に出て1勝するのが大きな課題、目の前の壁。決勝トーナメント進出というのはその後の大きな目標。そういう表現が妥当なところだろう。2002年の結果が頭にあるからマスコミが「決勝トーナメント進出」からスタートしてしまったのは仕方がないが。14年間で、これだけの歩み、というのが遅いのかまあまあなのか、ほかに方法はなかったのか。それを関係者にきちんと総括してもらいたい。その上で次の代表監督の課題と目標が決まってくるのではないか。総括のソの字も出ないうちに、次の監督、ってそれは早すぎる。しかもギドも候補だとか。対立候補が出るとよけいに話題がそっちに行ってしまいそうで怖い。福田さんか阿部さんかと言う前に、小泉さんの総括が必要でしょ。
 サッカー雑誌に期待しよう。

 あ、僕が母親に使った手、二度続けては通じないから。
(2006年6月29日)
〈EXTRA〉
  日本代表チームについて、Jリーグの各クラブはもっとコミットしてもいいはずだ。上にも書いたけど、日本代表を強くする、という目的もあってJリーグができた訳だし、各クラブは大事な選手を出しているんだから、「それで、この結果かよ」と大声で言ってもいい。
 そのことをレッズの新代表、藤口さんに言ったら「日本代表のことは日本サッカー協会がやればいい、というのは正しくない。選手を育てるのはJの各クラブ。それをピックアップして代表チームを作っているのだから、もっとJのクラブがレベルアップしてJリーグで活躍する選手を育てることが日本代表の強化につながる」とおっしゃっていた。
 さて、レッズの新体制のことだ。それはまた次回に。
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