Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#068
富士山
 6月28日、浦和レッズの運営会社である、三菱自動車フットボールクラブの臨時株主総会と取締役会が行われ、犬飼基昭社長が退任。藤口光紀さんが新社長に就任した。この日だけはレッズが株式会社であることを実感する。しかし通常は「会社」でなく「クラブ」と呼ぶし、「社長」は「代表」と記す。とりあえずは。

  その日の午後4時から地元のマスコミを招いて新代表との懇談会が持たれた。記者会見、というところだが堅苦しいので懇談会ということになった。机の並び方も、学校形式ではなく「ロの字」型だった。
 新代表の藤口さんがまず所信を語った。92年の発足から15年目を迎えた浦和レッズの歩みを振り返るのに、5年ずつ区切って人間の成長にたとえた話がわかりやすかったが、最も共感したのは最初の5年間のことだ。人間は生まれた直後に体感したことに大きな影響を与えられる。「三つ子の魂、百まで」というが、この最初の5年間がレッズに魂を注入してくれた、と藤口さんは言った。

 この部分を聞いただけでも懇談会に出た甲斐があった。すなわち、浦和レッズが初期のころに持っていた「レッズイズム」。これを失うことはしない、と表明してくれたも同じだから。
 具体的な事業は進めるうちに改善もできる。紆余曲折もある。しかし代表がどういうスタンスでクラブを経営していくのかは根本的なことだ。藤口さんが以前レッズにいたのは、最初の5年間とほぼイコールの97年4月まで。その時期に注入されたレッズの魂に藤口さん自身がどっぷり浸かっていた(藤口さんが魂を入れた、とも言えるが)。9年をおいてレッズに復帰し、代表になった今もその魂を持って経営に当たってくれるということだ。
 ちなみに第2期の5年は体に抵抗力、免疫ができていく時期。大きな手術もした、と言う。そして最近の5年間は人間で言うといろいろなことを習得していくゴールデンエイジだった、と。

 この数年でレッズは急躍進した。ナビスコ優勝に始まり、ステージ優勝、天皇杯優勝と3シーズン連続何かのタイトルを獲得している。今季のナビスコはベスト8に終わったが、昨季まではすべての大会で4強以上に顔を出している。そのための施設整備や選手補強などチーム強化のための方策は、過去に例を見ないほど大胆に行われた。無理だと言われていた大原に新クラブハウスを建てる、現役日本代表選手を始め即戦力を毎年獲得する…。これなくして今の位置があるはずはない。
 しかし犬飼さん自身が「急速に改革するには強引にやるしかなかった」と語っている。ローギアのまま80km/hまで引っ張り、そのままトップギアにシフトチェンジするようなことが何度もあった。高速になってからセカンドやサードに入れてもエンジンブレーキがかかるだけだから。
 高い山を早く築くには、近くの地面から土を運んでくるしかない。日本の最高峰に並ぶところまで山は高くなったが、あちこちに土を掘った穴が空いている。これからは山をさらに高くしながら、周りの穴も少しずつ埋めていく必要がある。いっぺんに2つのことはなかなかできない。その穴の埋め方。それは初期の5年間で注入された魂が教えてくれるだろう。

  28日の夜、レッズのスタッフ全員が集まり、新体制の発足会があった。その中で藤口さんは、記者との懇談会でした自分の考えを披露した後、スタッフに呼びかけた。

 「J1のクラブの平均年間予算が30億弱の時代にレッズだけが60億近い財政規模でクラブを経営している。大きくなると原点を忘れがちになるが、こんなときこそ、レッズって何のためにあるの?という原点を見据えなければならない。PRIDE OF URAWAという言葉はサポーターだけのものではなく、レッズのスタッフこそが肝に銘ずるべき言葉だ。原点をスタッフ全員が自覚し、共有すること。そうすれば新体制になった意義がある」(要旨)

  J2からJ1に復帰したとか、初優勝を果たしたとか、そういうドラスチックな変化があった訳ではない。だが、しっかりと新しい歩みを始めた2006年6月28日だった。藤口さんは、これからの5年間を「大人になる時期」と位置づけている。

  最後にスタッフに向かって「自分のことを“社長”と呼ばないでほしい」と訴えた。
「いきなりは抵抗があるかもしれないから最初は“藤口さん”でもいいが、できればすでに何人かが言っているように“フジさん”と呼んでくれるのがベストだ」。
なるほど。それはいいことだ。
 「富士山は日本一の山。レッズも日本一を目指そう!」。
 ……。
 レッズの代表になった人に、オヤジギャグとは言いづらいが。
(2006年6月30日)
〈EXTRA〉
 これまでレッズの社長は、三菱自動車から派遣されてきたが、藤口さんは三菱自動車の人ではなく、三菱重工にもすでに籍はない。これはレッズ史の中で画期的なことだ。レッズの前進を止めないために、自分の後任は親会社からの派遣ではなくサッカーとレッズの玄人を、と犬飼さんが尽力された。レッズでの最後の「改革」だ。
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