Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#071
メッセージ
「古い井戸にまだ水があるうちに、新しい井戸を掘る必要はない」

 って、そんなの当たり前じゃないか。井戸ってのは古い井戸でも新しい井戸でも、水は湧いて来るんだから。だけど、枯れることもあるから、その前に新しい井戸を掘っておかないと、いざというとき困るぞ。どうすんだよ!
 オシム語録って、別に関心するものばかりじゃないじゃん!普通の言葉じゃん。何ありがたがってんだよ!「古い船には新しい水夫が乗り込んでいく」。こっちの方が深いだろう。わかるか?これ。
 必要以上に息巻いてしまった。先週の水曜日、新潟に行く車中のこと。スポーツ紙を読んで「やっぱりオシム語録って面白いね」とうなったサポーターに対して、そんなことを言っていた。

「日本は車が止まっている状態。みんなで押さなければならない」

 そりゃ、バッテリーあがりなら、押しがけすればエンジンかかるさ。でもガス欠だったらどうすんのさ。スタンドまでそうやっていくのか?だったら誰かがスタンドまで買いに走った方が早くねえか?いや、そもそも何で車が止まっているのか、その原因は?ただ停車しているだけかもしんないぞ。そしたら自分で動くじゃん。

 前代表チームの構築についての総括をすっ飛ばして、オシムの言葉ばかりクローズアップされるので、つい突っ込みたくなってしまった。たしかにサッカー界で、こんな言葉に触れる機会は多くないのかもしれないが、言葉自体はそんなに真新しいものではない。要は何かをいうときに、他のものにたとえて言うのが好きなだけでしょ?

*    *    *

 7月22日、予想より早く4時半に等々力競技場に着いた。首都高の竹橋で渋滞しないなんて、天皇杯の決勝以来かな。
 道路から入ったところに、数人のサポーターがいた。白い布を持っている。何かのメッセージを書いたダンマクのようだ。控え室で荷物をほどき、5時10分ごろカメラを持ってその場所に行った。選手が乗ったバスはおそらく15分ごろ入って来る。
 バスが見えた。サポーターたちはダンマクを掲げ、バスに向かってアピール。書かれた文字は「浦和を気持ちで見せろ!」これまで見たことがなかったから、この日のために作ったものだろう。僕が見かけてからだけでも45分間。おそらくそれ以上の時間、選手を待ち、バスが通り過ぎるわずか数秒間、檄を掲げてサポーターたちはスタジアムの中に入っていった。

 アウェイゲームで早く会場に着きすぎると、間が持たない。ピッチの近くで関係者と雑談していたら、突然始まった「応援コール」。「え!」時計を見たら6時15分。早いな。キックオフまであと45分。まさか、試合は45分を2回だけど、応援は45分を3回やる気か?「45分3本勝負」という昔のプロレスみたいなフレーズが浮かんだが、これは意味が違うな。
 試合さながらの応援が15分間続いた。選手たちはまだウォーミングアップに出てこない。だがロッカールームには十分届いているはず。
 試合は知っての通り。10人で川崎の得点を封じたことが目立つが、試合の入り方も非常に良かった。ああいう試合を続けていれば、負ける要素はほとんどない(たまに試合に割り込んで主役になりたがる人がいるから「ほとんど」と言っておく)。

 帰り道に考えた。水曜日に新潟に負け、その3日後。負けた理由の最大のものは立ち上がりの動きであることは、選手自身が知っている。川崎戦には十分な気迫を持って臨むはず。そんなとき、バスに向かってダンマクを出されたり、いつもよりはるかに早い時間からコールをされる、というのは選手にとって、どうなんだろう。「わかってるよ、そんなこと!」とウザく感じたりはしないのか?
 サポーターは、選手に感謝してもらおうと思って応援している訳じゃない。ウザがられようが、嫌がられようが、試合に勝ってくれればいいはず。感謝されながら試合に負けるのと、嫌われながら試合に勝つのとを比べれば、後者を選択するだろう。あくまで関係は五分だから。もちろん同じ気持ちで闘い、勝っていくのが一番いいのだが、長いシーズンの途中には厳しい叱咤が必要だと思うこともあるだろう。

 選手に聞いてみた。バスに向けられたダンマクや、いつもより早いコールにはみんな気づいていた。
「ロッカールームでも聞こえましたよ。ああ、今日はずいぶん早くから気合が入っているな、と思いました」。
 取材の輪が解けてから、小声で聞いた。「自分自身で十分気合が入っているのに、ああいうの、ウザくない?本音は」
 ウザい、と答えた選手はいなかった。同時に「あのダンマクやコールで目が覚めた」とか「気合が入った」という答えもなかった。「ああ、みんな同じ気持ちなんだな」と思った、というのが共通した意見。つまりはわかっていることを再確認した、ということだ。
 わかっていることでも、周りから言われることで、また新しい気持ちで自覚できる。高まっている気持ちが、さらに強固になる、と言えばいいのか。それが試合前の応援(入場時のビジュアルパフォーマンスも含め)なんだろう。試合中はまた違うだろうが。

 そんなことに今さら気づいた。で、オシム語録のことを思い出した。みんなが漠然とわかっていることだが、実践できていないこと。それを言葉にされると「そうだ、その通り」と、さも前から思っていたように感じる。で、行動に移すようになれば、それでいい。理解していることでも、メッセージにするのは大事なことなんだ。しかもわかりやすく。それがオシム監督なのか。
(2006年7月26日)
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