Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#082
ALL COME TOGETHER
 僕はJリーグが開幕する数年前に、「浦和市三室」に引っ越した。当時は「三室2×××−×」という番地だった。それが区画整理が終わり「馬場(ばんば)×丁目×番×号」という住居表記に変わった。98年にそこから徒歩で15分くらいのところに越した。今度は「三室3×××−×」だった。翌年、やはり区画整理で「松木×丁目×番×号」になった。そして数年後、「浦和市松木」から「さいたま市松木」になり、現在は「さいたま市緑区松木」というヴェルディの監督的な住所になっている。
浦和駅からタクシーに乗って「松木」と言うと、運転手さんの10人に8人が「は?」と問い返す。あとの2人も「芝原の方ですね」と確認することが多い。地名が変わってもう7年目なのに、いまだにそういう感じだ。以前は10人とも「は?」だった。よっぽど松木にはタクシーに乗る人が少ないのか?ちなみに北浦和から乗ると、たいていわかってくれる。

 自分自身の感覚と周りの感覚というのはズレて当然だ。そして、そのズレに気がつかないと、もしかしてだんだん差が大きくなることもある。
レッズが今季の最終盤に向けて「ALL COME TOGETHER」を打ち出した。発案は藤口さんだという。初めは「つまり残り試合の埼スタを満員にしよう、ということか?」と思ったが、そんな単純なことではなかった。
藤口さんは言う。
「たしかにレッズはいま優勝を争ってます。でも浦和の街は盛り上がっていますか?本当にホームタウンの人たちに喜びをもたらす優勝にしたいじゃないですか」
そこは見ていなかったかもしれない。
試合のときに埼スタに行けば、超満員とはいかなくても4万人、5万人の入場者。
しかも9割以上がレッズの勝利を願っている。
サッカー雑誌を開けば、毎週、毎月のようにレッズの記事が大きい。
大原に行けば、全国紙やキーTV局の取材が目白押し。
そんな環境の中にいると、本当の「地元」と感覚がズレてくるのかもしれない。
まだ気が早いけど、浦和レッズの優勝を何人の人が望んでくれているのか。たしかにその数はハンパじゃないかもしれないが、さいたま市全体、旧浦和市全体ではどれくらいなのか。

 Jリーグで一番の入場者とか圧倒的ホーム状態という環境に慣れすぎてはいけない。我々が目指すところは、さらに上なのだから。
そのために何をするか、というと、特効薬はない。強いてあげれば、クラブのフロントが常にその観点を忘れないことだ。
この10月から「ALL COME TOGETHER」という取り組みを始めたのは、今回の優勝争いに関していうと遅すぎた。人によっては「優勝しそうだけど、地元が盛り上がってないから何とか飾りつけよう」という皮相な見方をするだろう。
だが藤口さんは代表就任のときから「今こそ原点に戻ろう」を合言葉にしていた。
藤口さんが三菱重工の社員から三菱自動車のに籍を移し、さらにレッズに出向して浦和に来たとき、この街にはレッズの「レ」の字もなかった。街にポスターを張ってもらう、キャラクター(レディア)の名前を募集するキャンペーンのハガキを配って歩く、そういうことを少ないスタッフでやっていたのだった。93年当時、小学生の中でレッズのグッズを見につけている子は少数派だった。よく見かけるのはヴェルディの帽子、アントラーズのTシャツ、エスパルスのステッカー…。レッズの運動靴を履いて学校に行った女の子がいじめられた、という話も聞いた。
10年以上前の、そういう状況からすれば今は隔世の感がある。だけどそれは「感」だけではないのか?本当に浦和レッズはホームタウンの人たちの心に根を下ろしているのか?順風に見える今こそ、クラブスタッフ1人1人が原点に返って物事を見よう、が新代表としての藤口さんの信条だった。「ALL COME TOGETHER」は、その具現化だ。何も今年だけのものではない。来年も再来年も、浦和レッズが浦和レッズであるために、クラブがなくしてはいけない基本中の基本だ。
(2006年10月27日)
〈EXTRA〉
 告白しよう。先日、あるイベントのチラシをもらって見ると、主催者に「さいたま市4医師会」とあった。ん?4?
浦和、与野、大宮…、あと何だろう。まさか浦和第二医師会なんてなかったよな、東京弁護士会みたいに。どうしてもわからず、隣にいた友人(さいたま市職員)に聞いた。
岩槻。
ああー、忘れてた!岩槻区民の方ごめんなさい。ホントにすみません。
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