Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#087
闘えなかった思い
 昨日は、あの日、だった。偶然にも田中達也の誕生日でもあるが、達也が17歳になった日、レッズはJ2降格が決まった。
毎年、この時期には感慨を覚えるが、今年は特にいろいろなことを思い出した。おそらく11月26日に優勝が決まるか、という状況だったからだ。
 一昨日のF東京戦。デカ旗三枚を出す、という話を聞いた。僕の記憶の限りではアウェイでデカ旗三枚を出したことは、国立競技場以外では過去になかったはず。もともと、埼スタや国立以外にゴール裏で三枚出せるようなスタジアムはあまりないこともある。味スタならそれくらいのスペースはギリギリあるし、何よりそうするべき試合だということだ。
試合前にサポーターの一人がトラメガで訴えていた。
「今日は、僕たちが一番長く一緒に闘ってきたデカ旗を三枚出します。今日ここに来られなかった人たちの思いも込めて出します」
 メモを取っていないから正確ではないが、そういう内容だった。トラメガは、デカ旗が広がる予定の位置ではなく、その周りやメーンスタンドに向いていた。デカ旗への協力要請ではなく、直接携わらないサポーターにもその意味を語る。つまりは「一緒に闘いたくても、それができない仲間の分も今日は力を出そう」という呼びかけだったのだろう。その象徴がデカ旗三枚なのだ、と。この日は選手を励ます以上に、サポーターの気持ちにもさらに空気を入れる役割を負わされた三枚だった。

 闘いたくても闘えない、か。

 7年前の11月26日の朝、僕は成田空港にいた。イタリアに旅立つH君を見送るためだった。H君はレッズサポーターで、僕が毎年幹事役をやっている「レッズサポーター望年会」の世話役を96年に手伝ってくれたのをきっかけに、ゴール裏に大勢の仲間ができた。大学生で浦和在住。ビジュアル応援の準備や紙吹雪の用意などをフットワーク軽くやり、多くの社会人サポーターから弟のように可愛がられていた。大学3年生のときから、人手で悩んでいた当時のMDP編集室(埼玉新聞社)でアルバイトをしてくれた。ほとんど雑務しかやってもらわなかったが、その雑務がたまって本業にも支障をきたしていたので、僕は大いに助かった。それだけでなく彼はアウェイも含めてすべての試合に行っていたから、試合のことを思い出すのにも役立ってくれた。

 そんな彼が99年の11月が近づいたころ悩み始めた。来年は大学卒業。卒業旅行でヨーロッパにサッカー観戦に行くつもりでいたが、知り合いのツテで、ある話が舞い込んだのだった。イタリアへ行き、セリエAの試合を全部観戦する。ただし金は極力安く。そして観戦記よりも、その旅行記を書く。つまりは貧乏旅行を我慢すれば自分の負担なくセリエAの試合をいっぱい見られるのだ。金はないが時間があるサッカー好きの大学生にとって、こんな美味しい話はない。ただ一つの問題は、その時期だった。掲載する雑誌の締め切りと試合スケジュールを照らし合わせると11月26日に出発するしかない。それが最短の旅程でセリエAの全チームをどこかの試合で見られる、という企画に合致するものだった。
 J1残留に向け必死の闘いが続いている中、最終節を前にして日本を離れることはできない。何とか最終節の前に残留が決まってくれれば。しかしそれまで返事を引っ張る訳にはいかない。悩んだ末、仲間に相談したH君は、先輩たちから「お前の分まで俺たちが応援するから行って男を磨いて来い」と背中を押された。

 11月に入ってからの試合は2勝1分け。以前に比べてJ1残留の可能性はずいぶん高まったが、まだ決定はしていない。最終戦で90分以内で勝てば無条件残留。それ以外は他の結果次第。後ろ髪を引かれる思いでH君は成田から旅立った。僕らは、「万一のため」と彼が家から持ってきたインスタントラーメンや食パンを空港で奪い取った。意地悪した訳じゃない。そんな大荷物を抱えてフットワーク軽く旅行ができるはずはないからだ。それらの食料は27日の駒場で試合前にみんなで食べた。H君の分も闘う、そういうつもりだった。
闘った。だが試合には勝ったが、Vゴールでは駄目だった。その後のことを詳しく書く必要はないだろう。
 僕は夜遅くなってからH君の仲間が飲んでいる店に行った。「何か一言」と言われ、立ち上がると急に涙がこぼれてきた。J2に降格した。その残念さはもう十分感じていたから、そのせいではない。あそこまで闘ってきて、最後の試合にいられなかったH君の無念さ。それを思うと泣けてきた。「ごめん、約束守れなかった」。それしか言えなかったが、みんな何のことか十分わかってくれた。

 闘いたくても闘えない人たちの分まで。
 その言葉を聞いて、H君のことを思い出した。レッズサポーターに最も親しまれている応援アイテムであるデカ旗に、ここに来られない人たちの思いも込めて闘おう。その発想は、7年前の自分を思い起こしたH君の提案だったのかもしれない。
 闘いたくても闘えない人の気持ちは彼がよく知っているはずだから。ちなみに彼はいま、ビジュアル応援を企画、実行しているグループ「ロッソ・ビアンコ・ネロ」のリーダーとして頑張っている。

 12月2日の埼スタは、前回の甲府戦を上回る数のサポーターで埋まるだろう。それでもレッズの優勝を願う人全員にはほど遠い。過去13年間、悔しい思いをしてきた人も含めれば、ごくごく一部、と言ってもいい。
 そんな時間と空間を凝縮した思いを叶えるのは、ホームでライバル・G大阪に勝って優勝を決めることだ。
(2006年11月28日)
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