Weps うち明け話 文:清尾 淳

#368(通算#733)

天皇杯

 今季そう多くはないが、何回かはあった完敗と思われる試合。その一つがシーズンの最後に来てしまった。  天皇杯は、ただ一つの優勝チーム以外は負けて終了するノックアウト方式だから、リーグ戦後も勝ち残っているチームは、シーズン最後の試合が敗戦となる。それは仕方がないが、15日の横浜F・マリノス戦は2012シーズンの最後を飾るには、あまりにも残念な試合だった。

 どこかのミスで負けたとか、運がなかったとかいうのではなく、試合を通じて今季の良さが見られなかった。  それだけ12月1日の達成感が大きかったということだろう。  ずっと維持してきた3位から前節滑り落ちたが、最後にその座を取り戻し、ACL出場権を獲得。さらに6年ぶりにホーム最終節で勝ち、しかも今季作り上げてきたサポーターと選手が一体となって勝利を祝うムードも最高潮に達した。  ここ数年の状態と比べれば優勝に匹敵するほどの喜びがサポーターにあったし、それは選手にも伝わったはずだ。

 このこと自体は何も悪いことではない。そういう喜びを得るためにクラブもチームもサポーターも闘っているのだから、ようやく頑張りに相当するもの得たとも言える。  だが、あの大きな達成感が、解放感や脱力感につながったことは否めない。そこから回復するのに2週間では短すぎたのか、いや逆にリーグ最終節の1週間後に天皇杯が待っていた方が良かったのか、それはわからないが、15日の浦和レッズはリーグ戦中のチームとは違って見えた。  試合の前日書いたように、達也やポポと1試合でも多く戦いたいというモチベーションは高かったし、タイトルを獲りたい気持ちも大きかったはずだ。だが、それでは埋めきれなかったのかもしれない。

 今年の最終節は「優勝に匹敵するほどの喜び」と書いたが、実際にリーグ初優勝を果たした2006年12月2日の喜びは、何にもたとえようがないほどで、達成感という意味では最高だった。にも関わらず06年は、その後の天皇杯でも優勝し、Jリーグ勢として初めての天皇杯二連覇を果たした。  実はこの年も、リーグ戦が終わって2週間後にあった天皇杯5回戦では苦戦した。入れ替え戦で敗れJ2降格が決まっているアビスパ福岡と対戦し、埼玉スタジアムという絶好の場所だったにも関わらず90分で0−0。延長に入って3点を挙げてようやく勝ちを収めた。これも大きな達成感を覚えた“副作用”だったのだろう。ちなみに翌日には優勝パレードもあった。  この年の天皇杯で優勝したポイントの一つには、上記のリーグ終了後初戦を制したこともあるだろうが、もう一つの大きな要因として、リーグを戦った先発メンバーの約半分を入れ替えて天皇杯に臨んだことがある。  都築龍太、小野伸二、永井雄一郎、細貝萌、相馬崇人、岡野雅行らはリーグ戦で常時先発というわけではなかった。あるいはリーグ優勝の喜びも半分くらいだったかもしれない(都築、永井は間違いなく半分以下だったろう)。残りの半分を自分の力で埋めるためにモチベーション高く天皇杯に挑んだ結果、チームの力を落とさずに次の大会を戦うことができた、というのは理屈っぽ過ぎるだろうか。  天皇杯で初優勝した05年だが、リーグ戦で終盤2連勝し、最終節で優勝の可能性も少なくなかったが、2位に甘んじた。その悔しさを天皇杯にぶつけた、という図式も当たっているはずだ。

 今回の横浜FMは、リーグ戦の前半は不調だったが、徐々に調子を取り戻し、終盤は2連勝。最後は3位になる可能性もあったが、レッズにそれを阻まれた。ACLという目標からすれば、リーグ戦の延長として天皇杯残り4試合を見据えていたのではないだろうか。  15日の両チームからは、そういう違いを感じた。もちろんモチベーションだけで結果が決まるわけではないので、最後まで反撃に期待していたが。

 浦和レッズはすごく強いチームになったわけではない。  リーグで優勝していないのだから、言うまでもないが、不利な状況のとき――複数のレギュラーが欠場したとき、緊張感が途切れたとき、相手にゴール前を固められたとき――などはなかなか勝てない、というのは絶対的な強さはまだまだ身につけていないということだ。  そこを克服していくことが、来季の課題となる。

 何か言わないとシーズンが終わらない気がしたので、今さら言わなくてもわかっていることだが、書いてしまった。

(2012年12月18日)

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