Weps うち明け話 文:清尾 淳

#370(通算#735)

黒船

 今季、ホームゲームのたびに、ミシャのメッセージ取材を行ってきた。  10分か15分、きっちり話を聞いた後、ほんの一言、二言雑談を交わす。雑談と言ってもMDPにすぐは載せないだけで、レッズのこと、サッカーのことには変わりない。  今季最後のMDP420号にも書いたが、1年を通して感じたのは、この人は本当にレッズの監督になりたかったんだな、ということ。「#360」で、ミシャは広島の監督時代、本当に埼スタでレッズに勝ちたかったようだ、ということを書いたが、それは同時に「このクラブで監督をやりたい」という欲求の裏返しだったようだ。  同時に、この浦和レッズで結果を出すことに自分のキャリアのすべてを懸けているかのような、言動もしょっちゅうあった。MDP420号でも「もしこのクラブでタイトルが獲れないようなら、監督を辞めてライセンスを返上しなければならないだろうという覚悟で臨んでいます」と明言しているが、それは、結果を出せる、という自信の裏返しのように思う。  自分の監督としての力と、浦和レッズの力が合わされば必ず日本一になれる、と確信していたようだった。

 その「浦和レッズの力」の一つは、選手獲得のための資金力だろう。  実際に来てみたら、選手獲得のために使えるお金は思ったより少ないことがわかったようだが、それでも移籍金ゼロなら前所属クラブより高い年俸を出せるくらいの用意はある。

 そしてもう一つの力は、レッズサポーターの存在だ。  試合で声を出して応援してくれる、というだけではない。チケット代が上記の資金力を支えるクラブの収入の柱となるというだけでもない。満員、あるいはそれに近い埼スタがもたらす好影響は計り知れず、それは大金を積んでも購えない。指揮官として、これほど頼もしいバックボーンはないだろう。

 

 来年発行されるレッズのオフィシャルイヤーブックにコラムを書くため、槙野に少し話を聞いた。レッズへの完全移籍を決意するにあたって、サポーターの存在はどれくらいの要因を占めていたのか。そもそも初めてレッズの一員としてプレーした感想はどうだったのか。 「悪い時にこそ人の本音が現れますね」  チームの調子が良い時、あるいは調子の良い選手を応援するのは、どこのサポーターでもやっていること。負けた次の試合でも、あるいは自分自身のパフォーマンスが良くないときでも後押ししてくれる。それがレッズサポーターのキャラクターだとわかった、と言う。  それってサポーターとして、別に特別なことじゃないだろ? と思いながら聞いていた。だが選手がそう言うのだから、実際に違いを感じたのだろう。

 負けた試合の次の試合でも変わらず、いや前回以上に応援するが、負けた直後にはブーイングも飛ぶ。ホームの大宮戦などは引き分けでも激しい不満の声が上がったが。 「負けた試合の後の厳しい声は、このチームを象徴しているものだと思います。特に大宮に対して、そのときの順位関係なく絶対に勝たなくてはいけないという雰囲気を作ってくれました。日本の中でこういう雰囲気を作ってくれるのはすごいです」  2005年から始まった、さいたまダービーに対する特別な思いは年々高まっており、今では普通のことになっている強いライバル心だが、槙野はそれもフレッシュな感覚で受け止めていた。

 そして完全移籍に関してはこう表現した。 「“浦和の槙野”と“レンタルの槙野”とでは全然違います。レッズに残ることを決めてからは、このサポーターの前でプレーすることに喜びを感じていました」  完全移籍の意志を固めたのは10月半ばぐらいだと言う。“レンタルの槙野”だったころ、プレーに気持ちが入っていなかったとは全然思わないが、たとえば仙台戦(10月20日)でのゴールや川崎戦(11月7日)でのゴールを思い出すと、ビハインドのとき何とか追いつきたいという懸命の気持ちが、そのプレーにつながったのかなとも思う。最終節後のヒーローインタビューでフライング的に「来年も浦和の選手と共にプレーします!」と口走ってしまったのも、“浦和の槙野”になる喜びがそうさせたのだろう。

 ついでといっては何だが、埼スタでの勝利の後、選手も一緒に「We are Diamonds」を歌うようになったことについても聞いた。  1年前の今ごろ、槙野がレッズに来ることは歓迎だが、広島ビッグアーチでやっていたようなゴール後のパフォーマンス(あの、準備に時間のかかる“寸劇”は、爆発したゴールの喜びを鎮静化させるのには絶大な効果があると思う)や、“かぶりもの”のイメージが強い「広島劇場」を持ち込まれるのだけはごめんだ、と僕が思っていたこともはっきり言った上でだ。 「自分には、パフォーマンスや劇場のイメージが強かったと思いますが、そういう印象を持って欲しくなかったんです。ただの、お茶らけたお祭り男じゃない、というところをまず試合中のプレーで見せたかった」  槙野はまず僕の懸念が杞憂だったことを述べ、さらにこう語った。 「自分個人で何かをやったわけではないですが、みんなで何かを作り上げるということができたのは良かったです。埼スタという大きなスタジアムで、あれだけのサポーターと一緒に何かやるということに以前から憧れていましたから」  レッズにはレッズらしい、いや埼スタをいっぱいにするレッズでなければできない、喜びの共有の仕方がある。そういうことだろう。

 話が飛んだが、槙野は「レッズサポーターが作る雰囲気は選手を成長させてくれる」と語り、それが他にはない浦和レッズの魅力だと感じているようだった。

 

 社会にはときどき“黒船”が必要だ。  1853年、浦賀沖に来航したアメリカの蒸気船が、日本の開国を促進したように、自分たちだけでは気づかないことを、外部の力で強引に気づかせてくれることで活性化できる、ということもある。  浦和レッズが「太平の眠り」にあったとは決して思わないが、今季レッズの一員となったミシャと槙野は、ある意味で“黒船”だった。  自分たちが日本の中でどういう存在なのか。他から見てどう思われているのか。そういうことを2人があらためて気づかせてくれたと思う。  では、どうしていくのか。それは彼ら2人も含めて自分たちが考え、実践していかなければならない。 (2012年12月27日) EXTRA  今年の更新は本日で終了です。1年間、ありがとうございました。「望年会」へのご参加もよろしくお願いします(#366参照)。新年は1月7日に更新予定です。

(2012年12月27日)

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