Weps うち明け話 文:清尾 淳

#380(通算#745) 

もう一度、あの場所へ

<あれ、今日はこっちだったんですか?>

 

 3月9日(土)、ホーム開幕の名古屋グランパス戦の試合前、南広場のイベントを取材して戻るとき、報道受付でその人を見かけて声を掛けた。

 彼女が勤務するテレビ局は去年、川崎フロンターレのJリーグホームゲームの中継を制作していたから、今年もそうだろうと思い、等々力で試合があるこの日は、その仕事だとばかり思っていた。レッズはこの名古屋戦が終わると、大分、新潟と3月のJリーグは遠いアウェイが続くから、この3月で退職する彼女が仕事でレッズの試合に来ることは、たぶんもうないだろうと僕は勝手に思っていたのだった。

 

 彼女は微笑んでから、真顔でこう言った。

「今日は浦和に行かせてくださいってお願いしました」

 

 あ、やばい。泣きそう。我慢しろ、我慢。何か言え。

<ああ、そうなんだ>

 そのリアクションは、間抜けすぎるだろ。

 

 人と話をするときは、相手の目を見て話すのが基本だ。そうしながら彼女は続けた。

「焼き付けておきたくて」

 

 うわっ!もう駄目。泣くなよ、俺。泣くな。

<ありがとうございます。そういう試合になるといいなあ>

 

 前田有紀さんに、こんなこと言われたら、泣きそうになるのは僕だけか? 退職まで何試合Jリーグに行けるかわからない、そのうちの一つにレッズのホーム開幕戦を選んでくれたと聞けば、レッズの関係者なら誰でも、うれしいを通り越して感激してしまうと思うのだが。

 

 この話を友人にしたら、「前田有紀さんは、清尾さんのハートわしづかみ、ってやつですね」と言った。

 そんな、流行りの言葉で表現して欲しくはないが、大きく外れてはいない。だが決定的に違うのは、彼女の言葉に僕が感激したのはこれが最初ではない、ということだ。その表現を借りれば4年半前に「わしづかみ」されていた。

 

 

 2008年10月22日。ACL準決勝第2戦の埼玉スタジアムだった。

 ガンバ大阪との第1戦を2週間前にアウェイの万博競技場で行い、1-1。良くも悪くもない。勝負はホームの第2戦で決まる。前半、高原が先制して優位に立ったが、後半3点を奪われ1-3。アウェイゴールも何も関係ない完敗だった。

 試合後の僕はかなり落ち込んでいた。そのころ、一時は首位にもいたリーグ戦で勝てない試合が続いており、ACL連覇がレッズにとって大きなモチベーションだった。そこへの道が断たれ、しかも当時は「ナショナルダービー」という呼称までつけられたライバルチームとの一戦に敗れたのだ。サポーターの落胆も大きかったはず。

 チーム状態は決して良いとは言えず、残りのリーグ戦5試合で首位を奪回する見通しは明るくない。この後、どうやってみんなを盛り立てていけばいいのか。

 

 そんなことを考えながら、埼スタの中を歩いているとき、前田さんに会った。当時はテレビ朝日がACLの放映権を持っていたから、当然と言えば当然だ。前田さんには、この年レッズにとってのACL初戦(当時は前年優勝クラブは決勝トーナメントからの出場)、準々決勝第2戦(vsアルカディシア)のMDPにインタビューを掲載させてもらったから、顔は見知っていた。いや、僕が彼女の顔を知っているのは当たり前で、彼女も(ああ、このオジサンはレッズのマッチデーを作っている人だ)ぐらいの認識はあったはずだ。

「頑張ってください」と彼女は真剣な表情で声をかけてくれたが、かなり沈んでいた僕は

<もう、前田さんに取材に来てもらえることもないですね>と自嘲気味に答えた。

 すると彼女はこう言ったのだ。

 

「何言ってるんですか!もう一度、あの場所に戻りましょうよ!」

 

 覚えているだろうか。06年からレッズが始めた「ALL COME TOGETHER!」。

 初年度の「共に闘い、共に頂点へ」というふうに、毎年サブテーマが付けられているが、08年のそれは「再びあの場所へ、共に闘おう」だった。スタジアムに張られているポスターを見た彼女は、その言葉を引用して僕を叱咤したのだった。

 

(再びあの場所へって言ってるのは、あなた方でしょう!そんな弱気でどうするんですか)

 

 そう聞こえた。

 

<そうですね。頑張ります>と答えたような気がするが、正直何と言ったのか覚えていない。第三者であるはずの前田さんに、真剣に叱られたことがショックだった。しかもクラブの掲げたキャッチコピーを突き付けられて。

 たしかに自分が弱気になってどうする。絶対にそれはMDPにも影響するし、サポーターにとって、レッズにとって厳しい状況を改善することにはならない。そう思い直すことができた。

 

 

 あれから、前田さんを見るたびに、あの叱咤の言葉を思い出し、姿勢を正す僕だった。もうスタジアムで会うことはもちろん、テレビで見ることも、しばらくはないのだろう。

 あのとき前田さんが言った「あの場所」は、アジア王者、という意味が強かったかもしれないが、僕は「レッズにふさわしい位置」、すなわち日本の中で常に優勝を争い、スタジアムで6万人に歓喜の涙を流させるクラブ、という意味に受け取っている。06年12月2日のリーグ優勝の日も取材に来ていた彼女にも、そういう気持ちがあったかもしれない。

「あの場所」へ戻り、さらにその先を目指す、というのは浦和レッズが責務として進まなければいけない道だ。目指すところがはっきりしていれば、ときには足踏みしようと、崖をよじ登るのに時間がかかろうと、構わない。そこに向かって進んでいることを確信できている今は、たとえどんなに忙しかろうと、充実した毎日を送れている。

 

 アジアの頂上への道は、細くはなったが断たれてはいない。

 そして最初の隘路である24日広州恒大戦の前には、Jリーグで今季未勝利だが攻撃的な湘南ベルマーレと、リーグ戦17試合連続無敗のJ記録更新を目指す大宮アルディージャとの対戦が待っている。J王者への道は、まだ多くのライバルがひしめいている。

 レッズは戦うごとに、「あの場所」へ近づいている。たとえ勝点では停滞することがあっても、チームが少しずつ成長することで、前に進む力が強くなっていくはずだ。だから毎試合が楽しい。MDP423号のコラムで書いた、僕が明るく見える理由の一つがそれだろう。6月のプチ中断期は、一息つける時期でもあるが、試合が20日以上ないと、禁断症状が表われるかもしれないな。

 

 

 4年半前、僕にガツンと言ってくれた(本当に怒ったような口調だった)前田有紀さんに感謝すると共に、新たなステップアップを目指す彼女のチャレンジが、成功することを願っている。

(2013年4月12日)

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