Weps うち明け話 文:清尾 淳

#400(通算#765)

20周年

 16日の日曜日は、他の取材のために行けなかったが、レッドダイヤモンズ後援会の20周年記念イベントがあった。

 後援会が設立されたのは1993年の2月だった。
 90年の春に始まった、プロサッカーを浦和に誘致する運動が実り、91年の2月に、三菱が浦和をホームタウンにプロになることが決まった。誘致活動の担い手たちは、「誘致が済んだら、あとは頑張って、ではいけない。新しいクラブが軌道に乗るまでは支えよう」と、当時はあまり熱心とは言えなかった埼玉県や浦和市、埼玉県サッカー協会や浦和市サッカー連盟とのパイプ役になった。
 僕も何回か、その会合に出たことがあるが、行政としては普通のペースなのだろうが、プロサッカーの受け入れとしては非常にじれったいペースで物事が進んで行った。つまり準備は遅々として進まなかった、と言ってもいい(笑)。

 三菱でもなく、行政やサッカー協会でもなく、具体的な動きが迅速にできる組織が必要だ、と誘致の担い手たちは切実に感じた。そこで、浮かんできたのが後援会組織だった。それもクラブお抱えのものではない、独立した組織を作ろうと考えた。
 何度も会合を開き、議論し、決めるべきことを決めていった。しかし議論すべきところは繰り返し、繰り返し議論を続けた。三菱自動車との口論に近い議論もあった。本当にみんな真剣だった。しかも、それによって金銭的な利益は誰も得ない。望んでいるのは、浦和がJリーグによって活性化すること。イコール、新しくできるプロサッカークラブが多くの人たちに指示され、かつ日本一のクラブになることだけだった(後援会の規約には「世界一のクラブ」とあるが)。

 その後20年間。今はクラブとの「口論」こそないが、はっきりと別人格を持つサポート団体として運営を続けてきた。そのことは内外に誇っていいことだと思う。
(2013年6月18日)
EXTRA
 後援会が、誰か少数の人によって私物化されたりしていたら、僕はとっくに活動から手を引いていただろう。そうではなく、役員や運営委員たちが、レッズと後援会員のために、という思いで運営を続けているから、今でもささやかながらお手伝いをしている。
まったく「無償の愛」の見本のような人たちだ。

(2013年6月18日)

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