Weps うち明け話 文:清尾 淳

#817

鬼に金棒

 昨日の夕方から夜中までかかって、ようやく08年まで終えた。古い写真はハードディスクに保存してあるので、取り出したり探したりするのにちょっと時間がかかる。それでも04年以降だと、カメラをフィルムからデジタルに切り替えた後だから、まだ検索するのが簡単で良かった。
 当初は09年から今年までの5年半を見ればいいと思っていたのだが、それは正しくない。

 原口元気は浦和レッズに在籍して、今年11シーズン目を迎えた選手だ。2004年からのジュニアユース、ユース時代を除いては彼を語れない。
 ということで、中学1年生から高校2年生までの原口の写真を、毎シーズン何枚かずつ抜き出す作業がようやく終わった。今晩はプロになってからの写真を探すことになる。

 2011年、レッズとの4年契約にサインした後、原口は同年代の選手が海外に移籍していくことに触れ、「お世話になったクラブに何の恩返しもしないうちに出ていくなんて自分には考えられない」と語っていた。恩返し、とはもちろん優勝に貢献すること。そして「お金を払っても原口が欲しい、と海外のクラブが言ってくれるような選手になりたい」とも語っていたように、移籍金(違約金)やTC(育成補償金)をレッズに残せる移籍であることだ。

 今回、後者についてはしっかり恩返しして移籍することができた。
 何人かの、特に若い日本代表選手にとって、本人がそう考えている、いないにかかわらず、今回のワールドカップは海外クラブへのプレゼンテーションの意味もある。しかし、そのワールドカップ開催前に、いや原口が日本代表に選ばれるかどうか微妙な時期の4月下旬、ヘルタから打診があり、代表発表の前に移籍金も含めたクラブ間の合意が成ったというから、ヘルタが原口を「お金を払っても欲しい選手」と考えていることは間違いない。

 ミシャ監督3年目にして初めて首位の座をつかみ、ちょうど原口がヘルタへ行くときには「Jリーグの首位のチームから来た」ということになるが、このまま最終節まで変わらぬ保証は何もなく、タイトルをクラブにもたらしてから行きたい、というもう一つの恩返しについては、果たせていない。
 今日の昼に行われたメディアの囲み取材では、「それが心残り」と語っていた原口。「必ず帰ってきて成し遂げたい」とも言っていたが、それはまだまだ考えなくていい。それは彼を送り出す、ミシャ監督やクラブがやるべき仕事、あるいはサポーターがなすべきことであり、原口が帰って来るまで優勝できないようでは困る。今は自分の目標である「日本で一番良い選手になる」ことを目指してひたすら頑張ってくれればいい。
 そして何年か経って、何度もタイトルを獲るほど強くなったレッズに、一段と頼もしくなった原口が戻ってきて、「これで鬼に金棒」と言われるような復帰が実現すれば最高だ。
 
 おっと、その前に今季最初のタイトルへの足掛かり、ナビスコ杯で決勝トーナメント進出を図るために、あと二踏ん張りしてもらわなくては。
 08年、ナビスコ杯名古屋戦で公式戦デビューした原口の、レッズでの(とりあえず)最後の試合がナビスコ杯名古屋戦。いや、その符号より、公式戦初ゴールが名古屋戦だったのだから、最後のゴールも名古屋戦で締めてくれ。

EXTRA・1
 選手「#816」の「EXTRA・2」で触れたリスタートの件、原口に聞いたら覚えがないとのこと。よく確かめたらリスタートしようとしたのは森脇だった。森脇も「蹴ろうとしたときに『ちょっと待って』と言われたけど、止まらなかった」と語っていた。
 文章の主旨に変わりはありませんが、一応訂正しておきます。

(2014年5月26日)

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