Weps うち明け話 文:清尾 淳

#844

1000試合


 ひと月ほど前のこと。
 ふと、自分がこれまでスタジアムで見たレッズの公式戦は何試合になるのだろうか、と考えた。
 レッズの公式戦とイコールでは決してない。今でこそ、公式戦はすべてスタジアムで見ているが(写真の撮影も含めて)、古くは行かなかった試合、あるいは行けなかった試合がいくつかある。特に92年はナビスコカップのアウェイや天皇杯の何試合かは行っていないし、95年は連続何試合かを病欠した。

 MDPが460号(当時)だったから、その倍プラスアルファで、そろそろ1000試合かもしれない。もし自分が1000試合に行っていたら、このコラムのネタになるな。いや待てよ、僕が1000試合ということは、レッズはそれより多いということだから、もう節目を過ぎていることになる。しかし何もクラブは言ってこないな。こういうことに得意なスタッフがいるんだが…。

 そんなことを考えながら、自分が行っていない試合を数え始めたころ。MDPのクロスワードパズルの常連応募者から送られたハガキにこう書かれていた。
「来る10月22日の甲府戦は、レッズの公式戦1000試合目だと思います」。
 その人の記憶力には常に感服している。万に一つの間違いもないとは思ったが、念のため計算してみた。たしかに9月20日(土)に終わったばかりの柏戦が995試合目だった。ナビスコ杯と天皇杯に勝ち残っていたら、柏戦は996試合となり、ナビスコ杯準決勝第1戦が1000試合目になっていたはずだ。だが残念なことに今季はもうリーグ戦しか残っていない。10月22日(水)の甲府戦がレッズの公式戦通算1000試合目からずれることはない。
 ちょうど、そのころクラブのスタッフから「清尾さん、甲府戦が1000試合目だと思うんだけど、間違いないよね」と電話がかかってきた。やはり、ちゃんと考えていたか。

 資料をあさるのが大変なので他クラブと比べてどうか、というのはやめた。
 ただ一つ言えることは、予定された試合日程を淡々とこなしていたのでは、とうてい1000試合に達していなかった、ということだ。天皇杯に毎回初戦で敗れていたり、ナビスコ杯の予選リーグ(その方式のときに)で敗退したりしていては、公式戦の数は増えない。またリーグ戦や天皇杯で優勝したから出場した大会、あるいはその上の大会もある。もっともJ1が年間30試合のときに、J2で40試合戦った2000年のようなシーズンもあるが。
 1000試合というのは、1試合1試合の積み重ねであることはもちろんだが、毎試合がバラバラなのではなく、レッズの戦いぶり、勝敗によって増えたり増えなかったりした、その結果が1000試合なのだ。人間の毎日がリセットされず、今日は昨日を引きずっているし、明日の準備の日でもあるように、レッズの試合も、毎試合が濃く薄くつながってきて1000試合に到達したのだ。

 次の10月26日(日)鹿島戦が公式戦1001試合目。だからと言って、何か新しいことが始まるわけではない。
 17勝6分け6敗で迎える今季のリーグ戦30試合目であり、ここ数試合で言うと、ナビスコ杯準々決勝で敗退したがリーグ戦では清水、柏、新潟と3連勝。しかし残留争い中のC大阪、仙台、甲府には1分け2敗と、2位以下を突き放せない状況の中で迎える試合だ。
 今季の好調さも難しい部分も、リセットせずに全部持ち越して中3日で鹿島と戦う試合。甲府戦から「良い引きずり方」をして臨んで欲しい。
EXTRA
 さて、それで自分の行った試合はいくつになるのか。
 92年のナビスコ杯は、アウェイの広島戦を欠席。その年の天皇杯は準々決勝の鹿島戦と準決勝のV川崎戦を欠席した。−3。
 93年はJリーグ第1ステージ第16節の鹿島戦と、天皇杯の1回戦・大塚製薬戦に行かなかった。−2。
 95年はJリーグ第1ステージ第3節のG大阪戦から第8節の横浜M戦までを病欠した。第9節の柏戦から第16節の名古屋戦までは仕事ではなくスタンド観戦だったが行った。−6。
 合計−11。それ以降はありがたいことに全部行かせてもらった。
 そうすると、来年の4月ごろに「公式戦通算1000試合参戦」が来るのだろうが、書きたいことは今年のうちに書いてしまうので、来年このネタは使えないな。

(2014年10月23日)

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