Weps うち明け話 文:清尾 淳

#897

地味な強さ

 自分の時計は48分15秒。
 後半アディショナルタイムの3分台に入った。この広州恒大の右CKが最後のプレーになりそうだ。ACLのアウェイでは最後の最後に煮え湯を飲まされることが多かったように思う。記者席からレッズのゴール前を見つめながら、心の中で「しのげ!」と念じていた。

 まさかの展開だった。
 浦項戦のPKも意外だったが、あれはシュートが槙野の手に当たったのだから、故意でなくてもハンドを取られたのは仕方がなかった。日本の某レフェリーなら取らないかもしれないが。
 だが広州戦は前半6分という早い時間に、しかもCKからゴール前で選手が入り乱れた場面で笛を吹かれた。最初はどういうプレーだったのかまったくわからなかったが、様子を見るとファウルを取られたのはズラタンで、テレビ放送を見ていた近くの記者のパソコンにはズラタンが広州の選手に手をかけるところが映っていた。PKの判定は厳しい気もするが、手を使うプレーには厳しくなっているし、ましてやいつも見ているJリーグの審判ではないのだ。
 この試合は、前半を0−0で折り返し、勝たなければグループリーグ突破が苦しくなる広州が焦りを見せ始めるであろう、後半にできれば点を取って勝つ、というのがレッズにとって理想だと思っていた。最低でも引き分けで終わりたいから、少なくとも先制点は絶対に避けなければいけなかった。それなのに…。

 試合開始6分でゲームプランが崩れた。
 だが1点差というのは、勝利が必要な広州にとって、まったくセーフティーリードではない。1点は忘れてレッズが自分たちのリズムを取り戻せ…なかった。勢いを増した広州の攻撃にたじたじとなってしまい、マルティネスにドリブル突破を許してしまう。PKを恐れて強く止めにいけなかったのだろうか。エリア深くまで進入され、折り返されると、数分前にPKを決めた11番のリカルドに蹴り込まれた。

 崩れたゲームプランが、わずか14分で完全に壊れた。
 ここまで国内リーグで1勝1敗、ACLで1分け1敗とアジアチャンピオンにふさわしくないシーズン序盤を送ってきた広州恒大だが、3月12日の国内リーグで3−0の公式戦初勝利を挙げたことで、調子を取り戻したのか。正直「ボコボコにされるかもしれない」という予感までしたものだった。

 だが、この試合の結果を左右した第1のポイントは、0−2からの十数分間だったのではないかと思う。
 さらにカサにかかって攻撃してくる広州だったが、レッズの必死の守りに、「慌てることはない。ゆっくり料理してやろう」とばかりに少しペースダウンしたようだった。それもあって、レッズは落ち着きを取り戻せた。
 そして広州への対応マニュアル3箇条(僕が勝手に考えたのだが)、―1対1の局面では勝てないまでも負けないこと。外国人選手には複数で対峙すること。自陣に入り込まれた相手には無理なアタックに行かず自由にさせないことを心がけること―、をしっかりと遂行するようになった。
 広州はレッズ陣内に攻め込んでも、完全に崩すのではなく遠めからシュートを打つようになった。ときには枠内に飛んで、西川がナイスセーブする場面もあったが、ある意味こういう“横着”をするようになったのも、2点のリードに余裕を感じていたからだろう。
 
 一方、レッズは落ち着きはしたものの、なかなか1点が取れなかった。
 柏木がシャドーに入ったことで、攻撃にかかる人数が減り、ゴール前の人数が少なかったことがあるだろう。広州の守備はサイドがかなり緩く感じ、レッズのクロスが左右から何本も入っていたから、もう1人か2人、無理しても詰めていればゴールも生まれたのではないか。
 だが、思わぬミスが広州に続けて起き、レッズに点が生まれた。
 29分、左サイドでレッズのスローインから柏木が縦に行き、入れたクロスは相手DFへ。しかし何を思ったか広州のDFはそのボールを胸に当ててゴールラインの外に出した。明らかにCKに逃げるプレーだったが、そんなことをする必要はなく、キープもできたし、大きくクリアするのは簡単だったはずだ。それも余裕のなせる業なのか、判断ミスなのか、自分の技量に自信がなかったのか、セーフティーファーストの選択をした。

 ふと脳裏に2014年のJリーグ第33節、鳥栖戦が浮かんできた。
 1−0でレッズがリードして迎えたアディショナルタイム。鳥栖GKが蹴ったボールがレッズのゴール前まで届き、周りには鳥栖の選手がひしめいていたのでレッズはセーフティーファーストでCKに逃げた。その判断が間違っていたわけではないが、無理をして大きくクリアしていれば、終了の笛が吹かれただろうタイミングだった。しかしプレーは鳥栖のCKで続行し、それを決められて同点。レッズは勝点2を失い、G大阪に首位を明け渡したのだった。
 往々にしてこんなプレーの後のCKは得点になる。今度はレッズの番だった。
 柏木の蹴ったボールはファーポスト近くまで流れてGKボールに。しかしキャッチミスなのかパンチングが弱かったのか、ボールは武藤の前に。こぼれ球には武藤。ポジショニングも良いが、こんなときにしっかり決める男だ。この1点でレッズは新しいゲームプランが完全に出来上がった。

 このまま粘り強く守りながら残り時間で同点を狙う。Jリーグであれば逆転のための2点を取らなければいけないところだが、この場合は1点でもいい。その後のことまで考えて焦る必要はないのだ。つまりはJリーグで0−0で試合が進んでいるときの状況と変わらない。それはレッズが得意とするパターンのはずだ。違うのは、0−0ならば1点が取れなくても勝点1は積み上がるが、今回はこのまま終われば勝点がゼロで広州に3が入るということ。だが、それを意識すると焦りにつながる。最後まで、いつもどおり試合を進めることが最も大事だ。勝点1でいい、という戦いにあまり慣れていないレッズが、それをできるようになったというのが、この試合を左右した2つ目のポイントだったと思う。

 後半17分、予想どおり柏木がボランチに下がり、興梠と李が入った。武藤の交代は意外だったが、何回か足を気にするシーンがあったので仕方がないだろう。それに“溜まっている”はずの李への期待もあった。
 そこからは、攻めるレッズにカウンターを狙う広州、という図式になった。主導権は握っていても、1点取られれば致命傷だ。絶対にミスは許されなかった。レッズは最後まで集中を切らさなかった。宇賀神と交代で入った駒井のスローインが相手に渡ってしまったときも、守備陣は慌てず対処した。相手の方が慌てたのかもしれない。
 そして柏木がボランチに下がった効果が発揮された。45分、シャドーよりも下の位置から狙い済まして左サイドにパスを送ると、槙野がDFをかわしてクロス。ゴール前は混戦に見えたが、ズラタンが落として興梠がシュート。乱立する選手の間を抜いてネットに突き刺さった。
 このときも僕の頭には以前の試合が浮かんできた。2013年のACL、アウェイの全北現代戦。那須と梅崎のゴールで前半早々に2−0とリードしたレッズだが、相手の猛反撃に後半1点を奪われ、さらに勝利寸前の47分、こぼれ球をやや遠めから蹴り込まれ土壇場で引き分けに持ち込まれた試合だ。あのお返しを、広州相手にアウェイでやったようなものだ。

 その後のアディショナルタイム3分間は祈るような気持ちだった。あわよくば、もう1点という気持ちもあったが、僕の心はだいぶドローに傾いていたし、選手たちも無理をして勝ちにいく時間でないことは十分わかっていた。記者席の周りのスタンドからは広州ファンがゾロゾロと帰り始めた。
「あんたがた、広州の劇的な勝利を期待していないのかい」
 心の中でそう呼び掛けたが、それだけは絶対に見たくなかった。時間は後半48分を回り、広州のシュートがレッズの選手に当たって、冒頭のCKになったところだった。

 3月16日の広州恒大戦を振り返ってみたが、今季のレッズは、派手ではないが地味な強さを増したと思う。
 一つは、早々の2失点から立ち直り、自分たちのリズムを取り戻したこと。バタバタして2点目を取られることがなければ、もっと良かったのだが。
 二つ目は、あと1点取ればいいんだ、と割り切って、後半になっても焦ることがなかったこと。ビハインドにならないに越したことはないが、そういうときに、ケガをいかに少なくするかが勝点を増やしていくために重要だ。Jリーグでもリードされたとき「まず同点。1点なら取れる」と、どっしり構えることが大事だろう。
 そして三つ目は、この試合、というよりも今季の特長として、交代で入る選手のクオリティーの高さ、というのがある。もともとJリーグでは先発している興梠だから、交代で入ったときに活躍して何の不思議もないが、興梠をベンチにおける余裕、というのが今のレッズにはある。李も先発でも途中からでも、攻撃を活性化するのに非常に利く選手だ。ミシャはきっと「余裕ではなく、今のベストを選ぶとこの先発メンバーになる」と言うだろうが、つまりは昨季より選手たちのレベルが全体的に上がっているということだ。得点にならなくて残念だったが、駒井も得意のドリブルで見せ場を作った。近いうちにあのドリブルからPKが生まれるような気がする。
 
 公式戦6試合を終えたばかりで、いろいろと言うのは早い気もするが、今だから思ったことをそのまま言えるということもある。それに久しぶりの中国での勝点1は、それぐらい気分が良かった。
 帰りの便の飛行時間が、このコラムを書き上げるのにちょうど良かったということもあるが。

(2016年3月17日)

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