Weps うち明け話 文:清尾 淳

#913

妄想

 本当かどうか知らないが、忍者はジャンプ力を鍛えるために、成長の早い麻を植えて、その苗の上を毎日跳び越える訓練をする、という話があった。麻は成長が早いから、毎日少しずつ跳び越える高さが高くなっていき、だんだんジャンプ力がついてくるということらしい。なんとなく理屈には合っている。
 それにヒントを得たわけではないけど、僕は子どもの頃、家の中で家族といる居間から自分の部屋に移動するとき、ジャンプするのが習慣だった。
 僕の家は、両親が結婚した時に買ったらしく、3人で住むには結構広かった。ふだんは特に何も使わない八畳間が2つもあって、引き戸を開けっ放しにしているので、モノの少ない16畳の物置のようになっていて、そこが通り道になっていた。部屋の真ん中に蛍光灯があり、今のような壁にスイッチがあるのではなく、蛍光灯本体からぶら下がっている紐スイッチを引いて点けたり消したりするタイプだった。
 その部屋を通るとき、ジャンプして蛍光灯のスイッチの先っぽを足先で蹴っていたのだ。完全に蹴れるようになると、スイッチのひもを途中で結んで短くし、先っぽの位置を少し高くしていった。小学生のころから、毎日数回そんなことをやっていたから、だんだんジャンプ力がついていったらしい。中学3年生のときは、クラス対抗の陸上大会で、ハイジャンプの部で出場するくらいにはなっていた。全校で一番ほどにはならなかったが。高校2年生か3年生の時はブルース・リーの「燃えよ、ドラゴン」が大ヒットしたので、ますます「訓練」に磨きがかかった。成長と共に体重も増えていったので、しまいには畳の下の根太が折れて、沈むようになってしまったが、実家にいる間は止めなかった。

 僕は一人っ子だ。
 もうすぐ還暦のオッサンが「一人っ子」はないが、他に何と言えばいいのかわからない。
 きょうだいがおらず、小学校に行く1年前まで保育園に行かなかったから、一人遊びが好きであり、得意だった。それは成長しても変わらず、小学生、中学生になっても家にいるときは一人遊びをした。
 一人遊びに必要なものは想像力だ。そこにないものがあるように見え、自分のいる場所は、ビルの一室だったり、草原だったりする。そして自分は、剣豪だったり、空手の達人だったり、秘密諜報部員だったり、星飛雄馬だったりするのだ。そこまでいくと、想像力ではなく空想力かもしれない。
 一人遊びのときは空想力だが、大人になると「妄想」と呼ぶのかもしれない。僕は今でも妄想をする。
「あのとき、ああしていたら」「こっちの高校に行っていたら」「あの女の子と付き合っていたら」「違う会社に入っていたら」…。
 人生の岐路で違う道を選択していたら、今の自分はどうなっていただろう、という毒に薬にもならない荒唐無稽な妄想をすることがある。

 昨日、MDPのデザイナーと印刷担当者と3人で今季の打ち合わせをした。
 仕事の話がだいたい終わって「今年こそ」ということになり、それにしても、ちょっと結果が変わっていたら2014年から2016年までJリーグ3連覇していてもおかしくなかったね。さらに2013年はナビスコ杯、2015年は天皇杯で優勝していたかもしれない、という話になった。
 まったく、そのとおりなのだが、そういえば、この妄想癖のある僕が、「もしJリーグ3連覇していたら」ということを考えたことがない。なぜだろう。

 あまりに生臭い「もしも」だから、ということもあるだろうが、帰り道の電車の中で思ったのは、もしそうだとしても今年の自分が何も変わらないからだろう、ということだ。
 違う人生を送っていたら、もしかしたら大学に入ったときの志を貫いて弁護士になっていたかもしれないし、石川県で教員か自治体職員かサラリーマンになって定年を迎えていたかもしれない。あるいは、やはり秘密諜報部員になっていたかもしれない。
 だけど昨季レッズがJリーグ年間チャンピオンになっていても、たとえ3連覇していても、今の自分は変わりがない。おそらくそうだろう。だから、そんな妄想をしないのではないか。
 俺は、レッズがどうあろうと、今の仕事をするだけだ。
 そう結論を出して、電車の窓に映る自分にカッコつけてみた。

 だけど、もし3連覇していたら、今季はJリーグ史上初の4連覇を目指す戦いだったな。
 それは少し、いや非常に残念だ。東京オリンピックの年が、そういうシーズンになるように、まず今季。

(2017年1月21日)

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