Weps うち明け話 文:清尾 淳

#915

四半世紀

 太陽が昇り、沈んで、次にまた昇るまでを「1日」とした人間の感覚はしごく当然なことだった。
 また、季節が巡って次に同じ季節になるまでを「1年」という単位でとらえるのには時間がかかっただろうし、それを365日前後とカウントした粘り強さには頭が下がるが、それもまた自然なことだ。
 一方、「月(MOON)」の満ち欠けの一回りという自然の物差しを使って、「月(MONTH)」という単位を考え出したのも自然なことだ。
 その後(同時かもしれないが)、1年を12か月に区切り、辻褄を合わせるため、ひと月を31日と30日、28日に分け、誤差を修正するために、うるう年やうるう秒などを設けた。先人たちの知恵に感謝しなくてはならない。自分の仕事が遅いのを棚に上げて「どうして1日は24時間しかないんだ!」と嘆くなんぞは、おそろしい冒涜である。

 僕が「世紀」という言葉を意識したのは、けっこう早かったと思う。
 20世紀のほぼど真ん中、1957年生まれだが、子どもの頃から盛んに「21世紀」という言葉が使われ、「君らは新しい世紀に生きる世代だ」と言われた。僕は20世紀から21世紀への替わり目も経験したし、何と千年紀=ミレニアムもまたいで生きることができたから幸せなのだろう。そのどちらも体験できなかった人の方が多いというのに。
 100年を世紀という区切りにするのは自然のものではなく、数えやすいからという人間の都合だ。当然、10年とか20年を区切りにして祝うのも十進法のキリが良いからであり、実際に起きた出来事とは関係ない。たとえばレッズは最初の10年の間(2001年まで)には優勝がなく、大きな出来事としてはJ2降格があるだけだ。次の10年の間には、ステージも含めれば6回の優勝と3回の準優勝があって、降格は仕掛けたが何とか踏みとどまった。その次の10年間はまだ途中で、半分を過ぎて優勝は3回(ステージ含む、年間勝点1位は含まず)に準優勝が4回(年間勝点2位は含まず)となっている。

 10年刻みでは、今季は第3ラウンドの途中だが、四半世紀という言葉がある。江戸時代は、1両の4分の1が「1分」、そのまた4分の1が「1朱」というふうに、四進法だったらしい。
 江戸時代の日本に四半世紀という考え方はなかっただろうが、25年というのはキリが良いだけではなく、一つの区切りとしてちょうど良いように思う。人間ならば生まれた子が25歳。義務教育を終えた子が40歳。バリバリ働き盛りの35歳が還暦。その間に大きな変化があるのに、ピタリの長さが25年ではないだろうか。15年だと短すぎるし、35年だと長すぎる。

 というわけで、「REDS 025th」。
 「020th」と同じなのは発想が固いのではなく、未来に続く道の通過点、というコンセプトが変わっていないからだ。100周年のときも、ぜひ「0100th」でお願いしたいが、たぶん生きてはいない。だが、ここでこう書いておけば、誰かの子どもの子どもくらいが、監視してくれるかもしれない。
 何はともあれ、四半世紀を過ぎた浦和レッズがどう変化するのか、大事な2017シーズンだ。
 クラブは「025」の催しをいろいろと準備しているに違いない(皮肉です。全然聞こえてこない)が、それよりも第3ラウンドの10年が、第2ラウンドを超える成績を残せるかどうかは、後半の5年間にかかっているのだから、その皮切りになるような成績を期待する。

(2017年2月2日)

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