Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#111
ビッグクラブ・1
清尾 これねえ…。タイトルだけが気に入らなかったのよ。どうしてこんなタイトルにしたの?

島崎 言っても良いのかな…。これは出版社の講談社さんから言われたんですよね。「‘ビッククラブ’というのはどうだ」と言われたときに、実は僕は嫌だと言ったんですよ。レッズサポーターの気持ちも少しはわかっているつもりなので、自分のクラブをビッククラブというのはあんまりいいと思っていないんじゃないかなと思うんですよ。

清尾 ビッククラブという名前が持つイメージからすると、レッズはまだとてもとても、いう感じだもの。

島崎 実は出版会社に同じことを言ったんですよ。そしたらなおさらビッククラブにしろと。普段は思っていないならそっちに向かっているということはあるのではないかと。副題が「浦和レッズモデルができるまで」となっていますけど、実はまだ過程で、そうなるためにどういうことをしているのかということで、まあ、いろいろありますが、今は少し納得しているかなと。
 うん。これ公にしてもらえるとありがたいかな。「ビッグクラブ」というのタイトルは僕の意向ではなかったです。これも週刊誌と同じで、読み手に「なんだ、これは」と思わせるということがあるのかもしれないですね。


 という訳でいきなり始まった対談。唐突もいいところだけど、これは3月30日に出た、フリーライター島崎英純さんの新著(というか初上梓)「ビッグクラブ〜浦和レッズモデルができるまで」(講談社刊、1,600円)について、僕と著者が話しているところ。
 取材仲間から「シマちゃん」の愛称で親しまれている島崎さんは、元週刊サッカーダイジェストのレッズ担当記者。昨年フリーになり、現在はレッズをめぐる幅広いメディアで活躍している。
 そのシマちゃんが独立後、初めて出した本が上記の「ビッグクラブ〜浦和レッズモデルができるまで」。出版社から「宣伝してください」と依頼が来たのだけど、僕が自由にできる媒体などないし、でも内容的には多くの人に読んでもらいたいし、と思っていたところ、ある日シマちゃんと大原のプレスルームで冒頭のような話になり、じゃいっそ、この雑談をそのまま載っけてしまおう、ということになった。
 雑談といっても、ここに載せることを前提に話しているから、内容はいたってまとも。まだ本を読んでいない人は、きっと読みたくなるはず。
 さあ、千島徹が愛媛に行ってしまった現在、レッズ周りで唯一ポロシャツの襟を立てている貴重な存在、島崎英純とはどんな男か。レッズのこの6年間の歩みを、彼はどう見たのか。この対談は、清尾のコラムの十倍面白いぞ!なお区切りがわかりづらいから、清尾は★で示す。


★ビッククラブというと、そこに向かおうとすら思っていないサポーターもいると思んだよね。ただ彼らが思うことをみんな実現しようとすると、それはビッククラブだということになる。

島崎 言葉としては非常に不本意かもしれませんが、目指すところはそこかもしれません。どうもビッククラブという言葉がネガティブにとらえられている気がするんですよね。レアル・マドリーとかバルサとか、どうも強いチームだとアンチというものがありますから。レッズの力ってアンチから成り立っているところもあって。

★レッズが強くなって、入場者が増えて、お金も入って。ほかのクラブとかサポーターからすると冷ややかな目で見ている部分があるよね。日本のチェルシーとかね。ビッククラブという言葉を皮肉っぽく使いたがる傾向があるけど、何もレッズは大富豪がオーナーになって金を使っている訳じゃない。ファン、サポーターが1枚1枚チケットを買ったものが積み重なって入場料収入になっているし、それだけ大勢来てくれる人がいるから広告スポンサーだってついてくれる。グッズも売れる。そんなの、他のクラブだってやれることのはずなのに、それがうまくいかないからって、僻むのもたいがいにしろって言いたいね。

島崎 野球の世界で言うと、今まで長らく巨人が盟主といわれていましたけど、今あまり元気がない。ああいう姿を見るとレッズはああはなってほしくないと。ただそれが長く続けばいい訳で。

★移籍だけで強くなるというのは長く続かないよね。レッズも生え抜きの選手がベースになっているし。

島崎 そうですね。今はユース年代にも有望な選手はいますからね。それはビッグクラブの条件の一つだと思います。

★途中から入った選手が、ほとんど出て行かないよね。

島崎 それは選手のニーズという意味でも良いクラブになってきているのかなと思いますね。

★本当にケアをしてるね。室井市衛はセレッソにレンタルで出して、そのまま完全移籍という可能性が強かったのに、強化部長が中村さんに替わったら、大阪まで行って本人に謝って戻ってきてもらった。

島崎 そのエピソードも最初はこの本に入っていたんですけど、今回は紙面の都合上削ってしまったんです。それまでの強化部長だとプライドが邪魔して選手に頭を下げに行くということなんてなかったと思いますけど、その辺を中村さんはすごくクラブに心がある人ですからね。頭を下げに行ったんですよね。

★鈴木慎吾選手にも行ったよね。なかなか受け入れてもらえなかったようだけど。そういう意味では「プライド」というものをどこに求めるのかという問題だね。要はチームを強くするということが大事であって、個人のプライドとかは後回し。そういう意味では、サポーターも自分が目立ちたいというのではなくて、意見が違っても応援するときは集まって一つになる。大きなプライドを大事にしているというのはありますよね。

*    *    *

★シマちゃん、そもそも出身は?

島崎 今は新座市に住んでいますが、生まれは東京です。

★どうして、この業界に入った?

島崎 元々は印刷会社に営業マンとして勤めていました。そこで取引先にサッカーダイジェストがあり、編集部に営業マンとして出入りしていたんです。学生時代はサッカーをやっていたので、そうしたものに興味があったんですね。それからそこで知り合った編集長の山内雄司さんという人に誘われてこの業界に入ったんです。

★そういう転職もあるんだ!山内さん、シマちゃんに対して何かひらめくものがあったんだろうか。

島崎 僕もその辺のことはわからないんですよ。別にものを書いていたこともないですし、仕事もぜんぜん職種が違うんでそうした勉強もしませんでしたから。

★何年前?

島崎 2001年の夏です。「一緒に仕事しようよ」という感じで、飲み友達を誘うみたいに。

★前から飲む関係だった。

島崎 それは頻繁に(笑)。得意先とですからね。だから山内さんがいなかったら、僕はこういう仕事をしていないですね。

★最初の担当がレッズ?

島崎 そうですね。2001年の7月ですからピッタ監督の時代です。

★あのころのサッカーダイジェストの原稿はほとんどシマちゃんのものということ?

島崎 そうです。だから僕が取材を始めて優勝を果たすまで短期間ですね。

★いいときに担当になったなあ!レッズが改革を始める前夜に入った訳じゃん。

島崎 だから僕は試合の観戦者としてはレッズの試合を見ていましたけど、取材者としてはレッズの試合の悪いところをあまり見ていないんですよ。

★良い思いしてるなあ(笑)。

島崎 そうですね。2002年も結果を残せなかったですけど、チームは上向いている時期だったんでみんなが言うほど悪いとは思っていなかったです。

(続く)
(2007年4月24日)
〈EXTRA〉
 いや何も回数をかせぎたい訳じゃなく、けっこう長いので、途中で切らないと読みにくいだろうと。僕もそろそろ記者会見に行かないと。@上海
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