Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#149
スイス
 浦和レッズから「安全なスタジアム運営への対応策概要」が発表された。「遅すぎるよ」という人も多いだろう。だけど…。

 5月17日、試合前にガンバ側からモノが相当数飛んだとき、僕は思った。
 人が大勢ひしめいているところへ無差別にモノを投げ込むのは危険かつ卑劣極まりない行為だ。相手がケガをしても構わない、というよりケガをさせてやれ、と言うに等しいのだから、迷惑を通り越して犯罪だ。行為者を特定してスタンドから退去させないといけないのではないか、と。
 僕はこの日、「新デカ旗」が初登場する、という話を聞いて、1時半ごろから撮影のために北側のオーロラビジョンの上にいて身動きが取れなかった。望遠レンズも持っていなかったので、どういうきっかけでモノ投げが始まったのか、その後どういう措置がとられたのか、よくわからなかった。
 その後、試合が終わり周知のような騒ぎになってからある程度収束するまでの約2時間、「そもそも、試合前の時点でモノを投げた奴らを排除しておけば、こうはならなかったはず」という考えが頭を占めていた。
 週が明け、サポーターとこの話になったときも、同様の結論になった。そしてクラブの関係者からも、「最初に断固たる措置をとっておくべきだった」という強い後悔の念を交えた言葉が聞かれた。そして今回の「対応策概要」だ。流れから見れば、事件が起こってからの後負い措置以外には見えない。しかし「対応策概要」には書かれていないが、この機会にもう一度思い出しておきたいことがある。

 レッズはずっと「警備のいらないスタジアム」を掲げ、目指してきた。それは入場者の安全を守ることを第一としながらも、そのためにモノモノしい警備体制を敷き、試合以外のところで緊張感を味わうようなスタジアムにはしたくない、という考えからだった。決して経費削減や手抜きをすることが理由ではない。「警備のいらないスタジアム」を実現するには「警備体制完備のスタジアム」を作るより、はるかに努力が必要だ。
 たとえば2000年から02年ごろ、浦和レッズのホームゲームは日本で最もペットボトルが飛ぶ試合だった。少なくないクラブがペットボトル持ち込み禁止、あるいはフタを外さないと持ち込み禁止、という中で、レッズはペットボトルに関してはフリー。そのことでJリーグから何度も改善勧告を受けた。最後は改善命令に近かったようだ。
 手段として最初に思いつくのは「ペットボトル持ち込み禁止」にすること。だがレッズはそれをしなかった。夏の暑い日でなくても、試合中、一口飲んではまたフタをしてとっておけるペットボトル飲料はサポーターの必需品。それを禁止にすることはできない。サポーターへの粘り強い呼びかけを最大の手段として、モノ投げの根絶に務めてきた。その結果、近年では埼スタでペットボトルが飛ぶことはほとんどなく、ごくたまに判定や敗戦に怒った入場者が投げた場合、周りのサポーターから大ブーイングを受ける、という状況になっている。「ペットボトルの持ち込みOK&絶対に投げない」というのは、クラブとサポーターが力を合わせ時間をかけて作ってきたスタジアムのルールなのだ。

 5月17日の件に戻る。
 最初にモノを投げたガンバサポーターに情状酌量の余地はなく、排除されて当然だ。だが、たとえば警備員なりクラブのスタッフなりが「あなた、退場してください」と言っても従うはずがない。強制的に退去させようとすれば屈強な男が2人か3人がかりで“連行”するしかないが、本人と周りの仲間から相当な抵抗があるだろう。そうすれば、さらに警備員を投入するか、警察官の出動を要請するしかなく、そうなったときにスタンドはどういう状況になるだろうか。試合開始直前に、ビジタースタンドとはいえ前代未聞の“大捕り物”になった可能性は大だ。それも選手入場までに終わったとは思えない。ガードマンを増やすなり、マンマークで警備すれば、という考えもあるだろうが、それは手数を1つ増やすだけのように思う。“非戦闘員”に向けて“無差別空爆”するような輩が、そういう牽制でモノ投げを思いとどまるはずがないからだ。
 試合の主催者たるクラブは、入場者が安心して試合を楽しめる環境を提供しなくてはならないのと同時に、選手が試合に集中してベストパフォーマンスを出せる環境も作り出さなくてはならない。あの日、試合前に“強制排除”の措置をとっておけば、試合後の騒動は避けられたかもしれないが、入場してきた選手たちのメンタル面に何らかの影響を及ぼしたことは確実だろう。そこから何分で正常のプレーに入っていけるかは、選手によって違うだろうが。
 今となっては、どんなに抵抗があろうとも“強硬手段”をとった方が良かった、と言えるだろう。あるいは、試合前、試合中は牽制するだけにしておいて、試合後には強硬措置をとれば良かった、と今なら言える。
 だが僕はクラブが手を打つことを「怠った」とは思わない。できればスタンドに混乱を残さず収めたいというスタッフの考え(希望的観測になってしまったが)もよく理解できるからだ。そして結果として「甘い」「緩い」という謗(そし)りを現在どんな思いで受け止めているか。悔しいだろうと思う。

 レッズが描いた「警備のいらないスタジアム」は実現したわけではないが、その精神はいろいろなところに浸透しつつあった。その道筋が、他のクラブのサポーターによって、崩壊してしまったことを残念に思う。
 だが、これまでの理念・姿勢がくずカゴに捨てられる訳ではない。今後は、「危険度に応じて断固たる措置を取る等の手法も一部導入」「特別警備のためのセキュリティチームの新設」などが計画されているようだが、その際にもこれまでの理念は持ち続けてほしい。

 世界の観光地、平和な国というイメージのあるスイスが世界でも有数の軍事力を備えており、国民皆兵制で各家庭には自動小銃と銃弾が支給されている、ということを思い出した。そして、その銃による犯罪は極めて少ないということも。
(2008年5月26日)
〈EXTRA〉
 アップしようと思ったら、クラブから「対応策概要」が発表されたので、全面的に書き直した。結局、金曜日のアップには間に合わなかった。
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