Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#153
愛着
 2005年に埼玉新聞社を辞めてフリーになってから、自分の中での一番の変化。
 一番かどうかは定かではないが、経費を使うのに躊躇しなくなったことがある。
 会社勤めのころは、僕は他の社員より、交通費とか宿泊費とかの取材関係費が多かったが、基本的には使った分を会社からもらうわけで、自分のフトコロは減りも増えもしないのが原則。最後の4年間は出版局というところに在籍しており、その局長は僕を全面的に信頼してくれて「勤務形態でも経費でも、清尾がやりやすいようにやればいい」と言ってくれた。経費の事前申請は必要なく、僕が概算で出した仮払い金を前月に受け取り、一か月ごとに領収書や明細をつけて精算すればよかった。
 うらやましいな、経費の使い放題じゃん?ところがそうでもない。たとえば、この出張に行くべきか、やめるべきか。自分で判断しなくてはならないからだ。もちろんレッズの公式戦は全部行く。しかしサテライトのアウェイや、日本代表の試合などはどうか。MDPの材料としては行っておくに越したことはない。しかし会社の経費を数万円かけてまで行かなくてはならないものか、と自分の中で考えてしまう。出張だけでなく備品購入でも外部の人に原稿を依頼するのでも、とにかく経費のかかることに関しては、取材者としてだけでなく管理者の立場にもなって考えなくてはならなかったのだ。

 フリーになってからは、最終的に帳簿上では分けるが、自分のお金も仕事上の経費も大きな財布は同じ。経費が増えれば自分のお金は減るし、経費を節約すればその分は自分のお金として残る。会社を辞める前には「これまでは経費をいくら使っても自分の財布は痛まなかったが、これからはそうはいかない。きっとケチケチするんだろうな」という予感があった。
 ところが実際にフリーで仕事を始めてみると、正反対。それまでのように会社に遠慮することなく自分の判断だけで経費を使えるから、迷うことなく取材費を使った。といっても湯水のように金があるわけではないから、贅沢をするわけではなく、それまで行かなかった取材にどんどん行くようになったということだ。手始めに徳島に行って、当時ヴォルティスの監督をしていた田中真二さんに会いに行き、その足で大阪に渡り佐藤慶明さんにも会った。ソニー仙台の監督の佐藤英二さんに取材したのもこの年だ。
 2005年からスタートしたレッズレディースも、当初はアウェイにまでは行かなくていいよ、と言われていたが、身体が空いていれば行くようになった。“レッズ”が試合をするんだから、という意識になっていたのかもしれない。

 高円宮杯第17回全日本ユース(U−15)選手権もこの年だった。U−15の高円宮杯は12月に入ってから行われる。グループリーグの初戦は4日の日曜日。前日はJリーグ最終節で、あと1試合でも勝っていれば…と愚痴をこぼしながら新潟から帰ってきた。その悔しさを振り払うかのように翌朝は羽田へ行き、島根県へ飛んだ。レッズジュニアユースの取材でJヴィレッジ以外に遠征するのは初めてだった。名取監督が「あ!来たの」とびっくりしたような顔で迎えてくれた。試合は勝ったが永田拓也が足をケガしてしまったのを覚えている。
 グループリーグの第2戦は12月10日。愛媛での天皇杯5回戦と重なって行けなかった。翌日の第3戦は行こうと思えば行けた。だが同じ日にJユースカップの決勝トーナメント2回戦があった。ジュニアユースはおそらくグループリーグを突破して決勝トーナメントに進む。だがJユースは負けたら姿を消す。相手は強豪の広島ユース。考えた末、12月11日は愛媛から広島に渡った。レッズユースは残念ながら負けた。
 ジュニアユースは予想どおり高円宮杯決勝トーナメントに進んだ。1回戦、2回戦は広島ビッグアーチで。毎週のように、島根、愛媛、広島と飛んでいる。12月17日の1回戦は柏にPK勝ち。18日の2回戦は大雪の中で大分に勝った。このあたりのことは#45に詳しく書いてある。
 そして準決勝は12月27日に西が丘サッカー場で狭山ジュニアユースに勝ち、天皇杯準決勝の前座として行われた決勝は、レッズサポーターの前で優勝を飾った。夏の日本クラブユース選手権(U−15)に続き、これがシーズン二冠目となった。

 この年、僕がフリーになっていなかったら、島根や広島には行っておらず、準決勝の西が丘から取材に行ったくらいだろう。たまたま「行ける試合は全部行く」ようになった年だったから高円宮杯7試合のうち5試合を見ることができた。夏のクラブユースはMDPと重なって3試合しか行けなかったから、高円宮杯は「一緒に闘った」実感すらあった。それまでもレッズの下部組織として取材には行っていたが、トップと同様の愛着を感じ、選手1人ひとりの個性まで見るようになったのは、この年からだったと思う。それもこれも、彼らが高円宮杯で勝ち進まなかったらあり得なかったことだ。僕のレッズの下部組織取材の原点はこの年に発生したといっていい。

 2005年、U−15年代で全国二冠に輝いたレッズジュニアユースの選手たち。メンバーは多少変わったが、3年後の今年、レッズユースとして面白い試合を見せてくれている。
 クラブの下部組織育成の目的はプロで活躍できる選手を輩出すること。だが、ユースのレギュラーでいても全員がトップチームに上がれるわけではない。多くの高校3年生たちにとってはレッズのユニフォームでの最後の大会を戦っていくことになる。
 その1つだった第32回日本クラブユース選手権(U−18)。レッズユースはグループリーグ3試合を2勝1敗で、決勝トーナメントに進めなかった。負けた三菱養和戦を引き分けていればグループ1位になっていた。勝った神戸戦と広島戦であと計4点取っていたらグループ2位の中の2位で決勝トーナメントに進めていた。僕の中で「タラレバ」はトップチームの試合より長く引きずっている。力を出し切ってのグループリーグ敗退とは、僕には見えなかったからだ。
 だが選手たちの方が悔しさは強いはず。あのシュートが入っていたら…、あのとき足をもう少し伸ばして敵のシュートを防いでいたら…と。

 9月から高円宮杯全日本ユース(U−18)が始まる。その時期の高校3年生は進路を気にしなくてはいけない選手も出てくるから、彼らにとって、本当に思い切り試合に集中できる大会は、決勝まで9日間通して行われるこのクラブユース選手権だと思う。
 だが、僕が最初に愛着を感じたこの選手たちの雄姿が9月からまた見られるのはうれしい。クラブユース選手権ではF東京、東京V、G大阪、柏がベスト4に残った。高円宮杯でこのチームと対戦して自分たちの力をもう一度示してほしい。
(2008年7月30日)
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