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Weps うち明け話
#156
自分にリベンジ
 誰かがゴールを決めると、そこへチームメートが集まって祝福する。写真を撮っていても楽しいシーンだ。あ、楽しいのはレッズの得点だけね。
 みんなの集まり具合や表情が、その試合状況によって違うのは当然だ。先制、同点、逆転、駄目押し…、あるいは時間帯、そして相手チームとの力関係。そういうものによって喜びの度合いは違ってくる。カメラを構えながら「もっと喜べよ…、でも5−0じゃしょうがないか」と思うこともたまにあるし、逆に終盤に入って2点のビハインドを1点差に詰めたときなどは喜んでいる暇もなくて当然だ。
 そうそう、得点したのが誰かによっても、チームメートの喜び度合いは違うかもしれない。たとえばトップの試合だと、4月26日に西京極の京都戦で高原がレッズ移籍初ゴールを決めたときの仲間の喜び方は尋常ではなかったと思う。期待されながら得点できない試合が続いていたのをチームメートも気にしていたし、高原自身が努力していたことをみんなが知っていたからだ。

 9月21日、高円宮杯第19回全日本ユース(U−18)選手権の決勝トーナメント1回戦(ラウンド16)、浦和レッズユース対セレッソ大阪U−18で、前半27分、同点ゴールが決まったときの、レッズユースの選手たちの反応は、先制されて追いついたからという以上に大きかったと思う。数字で計れるものではないから、感覚でしかない。CKのボールがヘディングでネットに吸い込まれていったとき、僕自身「誰だ?山地?山地か!」とシャッターを押す指にいつもより力が入っていたのだ。

 山地翔(やまじ・しょう)。狭山ジュニアユースFCからレッズユースに入り3年目。1年生のときから先発で起用されることも多く、その年の9月には、U−16日本代表としてシンガポールで行われたAFC・U−17選手権(アジアユース)に参加した。
 昨年はセンターバックのレギュラーとして日本クラブユース選手権ベスト8、高円宮杯全日本ユースベスト4に貢献した。しかし秋から冬にかけてのJユースカップでは先発を外れることが多くなり、出ても途中で交代するなど、フルでの出場が減ってきた。
 僕は「山地って頭が良いから考えすぎちゃうんじゃないかな」と思っていた。1対1にも強いクレバーなDF、というイメージがあったが、相手のFWがスピードに乗ってきたりキレが良かったりすると、当たるのか遅らせるのか、という判断に一瞬迷うような素振りが見られるようになった。1年生のときは特に気にならなかったが、2年生になって「絶対にやられてはいけない」という責任感が強くなり、逆に判断を遅らせているのかもしれない、などと勝手に考えていた。堀監督からは当時「悪いところは誰にでもある。その悪いところを消せるぐらい自分の良いところを出せばいい」と言われていたようだ。
 12月9日、Jユースカップの決勝トーナメント2回戦が日立柏サッカー場で行われた。相手は柏レイソルU−18。レッズは前半素晴らしいサッカーを見せた。全員が労を惜しまない速いプレスで相手からボールを奪い、マイボールはダイレクトで回して相手ゴールに迫る。得点は奪えなかったが、僕が昨年見たユースの試合の中で一番面白い前半だった。後半も同じリズムで始まったが、なかなか点が取れない展開に疲れが蓄積されたのか、相手にペースを奪われる時間帯が出てきた。20分、ペナルティーエリアに侵入しようとした柏の選手を山地が倒した。脇を抜かれて思わず手が出てしまった。その試合2回目の警告を受け退場。1人少なくなったレッズは中盤の主導権を相手に取られ、38分に失点して、そのまま敗れた。2007年最後の公式戦だった。

 明けて今年。プリンスリーグ、日本クラブユース関東予選、同全国大会。公式戦が進む中、先発メンバーに山地の名前を見ることはなかった。春先にケガをし、4月20日の湘南ユース戦の後半18分、交代で入ったのが今季の初出場だった。しかしファーストプレーで1枚目、11分後に2枚目の警告を受け退場してしまう。試合は4−0でレッズが勝ったが、その後また山地の出番はなくなった。
 「あのころは、Bチームで練習することが多かったんですが、Aチームに行っても自信がなかったです。試合に出てもやれる気がしなかったというか(笑)。自分の中では夏のクラブユース選手権からは出たいと思っていたんですが、なかなか調子が上がらず苦しかったです」と山地は当時の自分を振り返る。
 その日本クラブユース選手権で山地に与えられたのは、数分間だけだった。それも本来のDFではなく、パワープレーのターゲットマンとして、1−2とリードされた試合のロスタイムに投入された。手を上げて必死でボールを呼び込む山地の姿は、今でも目に焼きついている。その敗戦が響き、レッズはグループリーグの3試合でJヴィレッジを去った。

 そして9月7日。駒場スタジアムで高円宮杯1次ラウンド初戦、横浜FMユース戦を迎えた。
 あら!先発メンバーの中に山地の名前があった。
 「すごく久しぶりだったので、かなり緊張しました。でも岩瀬(健)コーチが『ちゃんと練習してきているから大丈夫』と試合前に声をかけてくれて、ハーフタイムにもいろいろと言ってくれました」。
 試合は、主導権を握ったレッズが前半に1点を挙げ、後半追いつかれたがすぐに勝ち越しゴールを入れて2−1で勝利した。スコアは僅差だが内容的には危なげない試合だった。僕は試合の流れを追いながら、山地が気になって仕方がなかった。しかし、去年のような判断に迷う様子は見られなかった。
 「夏休みに長めのオフがあって、気分転換もできたし、また頑張ろうと思いました。その後のスペイン遠征で先発する機会があって、そのときにはまずまずのプレーができたと思います。日本に帰ってきてからも、紅白戦でも先発組に入れてもらっていたので、高円宮杯で出られるかな、という感触はありました」。
 悩んだ時期に力になってくれたのはやはり指導者だった。
 「岩瀬コーチとか天野コーチと練習後によく話をすることで、自分のことに気づかされたり、課題を整理することができました。もちろん堀さんとも話をしていますが、指導者の数が増えたことで、いろんな話が聞けるし、相談にも乗ってもらえます。それと池田誠剛さんにもアドバイスしてもらっていますけど、そのおかげで身体が切れているのかな、と思うところもあります」。
 名前が挙がった岩瀬、天野、池田の3コーチは、いずれも今季から就任した指導者たち。ユースの場合、今季はコーチが1人増え、さらにジュニアユースと兼任ではあるが、フィジカルコーチとして経験豊かな池田さんが加わった。自分の努力に加えて指導陣のケアがなければ山地の復活はなかったかもしれない。

 1次ラウンド3試合に山地は先発。そして、冒頭に書いたように決勝トーナメント1回戦で、久しぶりにゴールを決めた。
 「本当にすごくうれしかったです。あの試合ではそれまであまり良いプレーができていなかったので、あのゴールがなければ自分は何もない試合でした」
 多くの仲間が寄ってきて山地を囲んだ。この試合は結局5−1という大差で勝利するが、大会4試合目にして初めて先制され、場合によっては守られてしまったかもしれなかった。失点のわずか3分後に追いついたことが、試合の流れを変えた。値千金のゴールと言っていいだろう。
 翌々日の準々決勝は、鹿児島県城西高校が相手。エースの大迫勇也は高校ナンバーワンFWの呼び声が高く、1回戦ではガンバ大阪ユース相手にハットトリックを達成している。山地とは代表で顔を合わせたこともあり、仲も良かったという。そのストライカーを完全に封じた。
 「大迫は代表でやったときよりもうまくなっていたと思います。やられた場面もありましたが、それは今後の課題としてとらえています。自分で1人で抑えたわけではないですが、失点ゼロは自信になりました。本当はすぐに準決勝をやりたかったところです」。

 周知のように、レッズは3年前に日本クラブユース選手権(U−15)と高円宮杯全日本ユース(U−15)選手権での二冠を獲得している。そのときのメンバーが現在高校3年生として残っているが、ユースからレッズに来た山地はまだ手にしていない。それどころか、3年前は狭山ジュニアユースの選手として高円宮杯準決勝でレッズに敗れているのだ。
 今回の高円宮杯を前に、レッズユースの選手たちは2つの意味で「リベンジ」という言葉を口にしていた。1つは昨季の高円宮杯がベスト4に終わっていること。とりわけ準決勝で1−4というスコアで敗れたことは悔しさを倍増させた。当時2年生、1年生で出場していた選手たちにリベンジの気持ちは大きい。そしてもう1つは、優勝候補の一角にも挙げられていた夏のクラブユース選手権でのまさかのグループリーグ敗退だ。
 だが山地は昨年の高円宮杯準決勝は先発しながら前半で交代。今夏のクラブユースは前述したように、数分間の出場。リベンジというよりも戦う機会すら十分になかった。リベンジという言葉を当てはめるとすれば、スランプの時期の自分にリベンジ、と言えるのではないか。
 「今はチームに貢献することしか考えていません」。
 山地はいま、仲間と共に戦う喜びを数か月ぶりに味わっている。ユース年代で最も権威あるタイトルまであと2つ。準決勝は10月11日(土)12時から国立競技場で岡山県作陽高校と。そこで勝てば決勝は13日(月祝)13時から、埼玉スタジアムで行われる。ぜひ浦和レッズのホームスタジアムで凱歌を上げてほしい。
(2008年10月10日)
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