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Weps うち明け話
#163
痛みシリーズ 5(ラスト)・失くしたもの
 ユースの堀孝史監督が、ジュニアユースから育ってきた選手たちに自分独自の考えを伝えるにあたって、浦和のファン、サポーターが求めているものは何かということを、自分の現役時代をふり返って考えた、という話をレッズのオフィシャル携帯サイトに書いた。
 ボールを追って走る、ボールを求めて走る、相手のボールを奪いに走る、相手のスペースを消しに走る。走るだけではない。相手のシュートに身体を投げ出して止める。DFが来ているところへダイビングでヘディングシュートを狙う…。
 一生懸命ということ?と聞いたら「一生懸命だけだと、ブロックをしっかり作って一生懸命守る、ということもあるでしょ。でも浦和の人たちが盛り上がるのは、そうじゃないと思うんですよ」と答えた。
 そう言えば、堀監督が右サイドをやっていたころ、長めに出たボールを追いかけてラインを割りそうだから途中で止めたら、バックスタンドから「堀!最後まで追えよ!」とヤジられていたのを思い出した。それはともかく、堀孝史はよく走る選手だった。FWから攻撃的MF、サイドバック、ウイングバック、ボランチといろいろなポジションをこなしたが、どこでもよく走っていた。92年か93年のころ、練習中に福田正博が「こらあ、堀!お前はチョロみたいにうまくないんだから、もっと走れ!」と怒鳴っていたのを思い出す。本人にインタビューしたとき、運動量が豊富ですね、と言うと「下手ですから一生懸命やらないと」という答えが返ってきたものだ。

 決して堀さんの現役時代が下手などとは思わないが、一生懸命やっていたことは間違いない。冒頭の取材のあとで、今の浦和レッズに無いものはなんだろう、と考えた。
 ひたむきさ。
 間違いなく、かつてはそれがあった。弱かった時代はひたむきさだけが取りえだったと言ってもいい。試合中にひたむきさを忘れて、3点取ってからひっくり返されたり、途中で集中が切れて5点も6点も、8点取られたことだってあった。しかし完全にひたむきさを失くしてしまったわけではなかったと思う。
 チームだけの話ではない。クラブのスタッフもそうだし、サポーターも同じだった。ひたむきに上を目指して歩いてきたと思う。
 それがいつの間にか無くなっていった。表彰台に何度も昇り、優勝カップを掲げ、優勝祝賀パーティーを開き、世間からはビッグクラブ、タレント軍団と呼ばれ、クラブスタッフは年々増え、埼スタに5万人、ときには6万人が入るようになり、応援風景も大きく報じられるようになり…。そうなっていくうちに、レッズの最大の持ち味だったはずのひたむきさは、クラブからもチームからもサポーターからも失われていったのではないか。今思うと06年のJリーグ優勝。これが大きなヤマだった気がする。それまでタイトルは獲っても日本の最高峰には登りつめていなかったが、ついに達成した。しかも06年はホームゲーム負けなしとか、優勝を決めた最終節はJリーグ入場者記録更新とか、年間入場者数も新記録とか、ワシントンの得点王とか、闘莉王のMVPとか、日本代表に最多時6人招集とか、天皇杯Jリーグ勢初の2連覇とか、良いことずくめのシーズンだった。
 平たく言うと、勘違いしちゃったんだよな。みんな。ひたむきにやってきた結果がJリーグと天皇杯の2冠だったのに、ひたむきにならなくても、優勝できると思ってしまったのかもしれない。みんなが一つにならないと勝てない、ということを忘れてしまったのかもしれない。

 一通りのタイトルは獲った。これは2002年からの一連の改革の成果だ。来季から次の改革を始めればいい。芯となるチームの型を作りながら、強くなっていくという改革を。
 だがチームの型や強さ云々の前に、浦和レッズがひたむきさを取り戻さなければ何も変わらないと思う。何度も言うが、選手だけではない。クラブの代表からスタッフ全員に至るまで。そして、コールリーダーやビジュアルのリーダーはもちろん、サポーター一人ひとりが、かつてのひたむきさを取り戻そう。2009年はそこから始まる。
(2008年12月25日)
〈EXTRA〉
 偉そうに言ってるけど、お前は?
 浦和レッズ、って言ってるでしょ。ひたむきさを失くしていたのは、もちろん僕も含めた話。MDPもひたむきさを取り戻し、さらに頑張ります。この更新も。
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