Weps うち明け話
#171
順調は順調だが
 そんなに衝撃的だったわけではない。そこで行われていたのは同じサッカーのトレーニングだったのだから。だけど少しずつ何かが違い、最終的には大きな差を感じて浦和に戻ってきた。

 1月16日から26日まで宮崎市で行われたレッズの一次キャンプ。レッズのトレーニングキャンプに初日から最終日まで取材するのはこれが去年のグアムキャンプに続いて2回目だ。僕にとって13人目の監督(オジェックは1回にカウントした)、フィンケ。初めての人だから、どんな練習をするのか、まずそれに興味がいく。
 僕の仕事の半分は写真撮影だ。できれば予定した絵を撮りたい。しかし、まずそれが叶わなかった。何かというと選手全員でのランニング。いかにも「新シーズンスタート」という見出しがつけやすい、ステレオタイプの編集者が好みそうな(あ、俺か)写真を期待していたのだが、それがない。軽くジョギングで一周したあとは、ダイナミックフレキシビリティ、いわゆるブラジル体操というやつになってしまう。ウォーミングアップはこれで十分で、いわゆる走り込みは違うところで、そして全員ではなく、体力レベルに応じたグループ分けして行っていたのだった。結局、全員が走っているところを正面から撮れたのはほんわずかだった。

 次に「あれ?」と思ったのは、約1時間半の練習の間に水を飲む時間がまったくないことだ。もちろん暑くはないし、汗だくになるようなメニューもないからだろうが、それと同時にメニューとメニューの間にインタバルがほとんどない。大丈夫なのか、これで?
 休みと言えば、キャンプ中に休みは1回もなかった。これまでの経験上、練習試合の翌日は午前中クールダウンをして午後は休みだ。しかしこのキャンプでは、習試合の翌日は3回とも午前、午後ともしっかりやっていた。大丈夫か?
 だが練習試合では前半と後半のメンバーが総入れ替えだったから、1人の選手が45分以下しかやっていない(たまに23分で交代するポジションもあった)。それくらいの時間では休みは必要ないのかもしれない。
 練習試合と言えば、メンバーはいわゆるトップチーム、サテライトチームではなかった。言わば、真っ二つに選手を分けて前半と後半に当てた。前半のチームと後半のチームが対戦したら、拮抗した試合になる。そんな感じだった。計3試合あったが、まったく同じチームは一度もなかった。そのたびに経験のある選手と若手をうまく組み合わせていた。この練習試合のチーム編成からは開幕スタメンを予想するのは無理。逆にいえば、選手たちのモチベーションがこの時点で落ちることはないだろう。

 まったく見えない練習もあった。練習試合の日をのぞく毎日、午後4時からの練習はグラウンド奥の松林に入っていく。3.3kmのクロスカントリーコースでトレーニングしているのだが、それには同行できない。ボールを持っていった様子はないから、ランニングが中心なのだろうと思う。一度、練習時間外に僕も入ってみたが、コースは踏み固められた土で、雨が降ると少しぬかるむかもしれないが、コンクリートほど固くはなく、砂ほど柔らかくはない。走るにはちょうど良いだろう。場所によっては大きくカーブしているところ、アップダウンしているところがある。僕が入ったときは晴天で風の強い日だったが、松林のおかげで日差しが直接当たることはなく、風も弱まる。なかなか良い環境だ。注意してみていると、ときどき木にテープが巻いてあり「START」とか「300」「1500」などと書いてある。筆跡がどうも外国人っぽい(「1」のヒゲを長く伸ばすのは外国人の特徴だ)から、おそらくナイチェルコーチがつけたマークだろう。彼が車輪式の距離測定器を持って林に入っていくのを見た記憶がある。
 その林の中でのトレーニングが、「選手の体力レベルに応じた負荷をかける」というやつらしい。1月12日に始動してから日本代表をのぞく全選手のデータを測定するのに3日間をかけたが、その事前準備がここで生きたということだ。ぶっ倒れるまで走れ走れ!というスポ根的トレーニングではなく、それぞれの選手にとってきつすぎず、緩すぎず、というメニューを与えることで無理なく少しずつ体力をつけていく、というアカデミックな匂いが漂ってくる。

 選手たちは知らないうちに疲れがたまってきたようだ。6日目、21日の練習試合の後、記者に対してフィンケ監督は「明日の午前中は、疲労を忘れさせてくれる練習メニューになる」と語った。疲労を取るために休みにするのではない。疲労を「忘れさせる」という。ある意味では疲れさせるのがキャンプの目的だから、休みにはしない。だが疲れを意識するとパフォーマンスが落ちる。だから疲れを忘れさせる。そういうことなのだろうか。翌日の午前中は、練習時間の大半を3人制バレーボール大会に費やした。確かに楽しそうで気分はリフレッシュされたようだが、これはこれでトレーニングになっているだろう。ほかに、ハンドボール、縄跳び(しかも数人でやる大縄跳びもあった)、鬼ごっこなど、僕が見た10回の午前練習で行われた、サッカー以外のトレーニングは少なくなかった。

 今日から大原で全体練習が再開する。それでもまだ去年の始動日(2月4日)より早い。体力トレーニングを一通り終えた時点でJリーグ開幕まで5週間あるのだ。これから2週間、大原でどういうトレーニングをするのか、そのあと指宿での二次キャンプは何をするのか。さらに開幕までの約1週間はどうするのか。楽しみで仕方がない。
 でも、ちょっとここで自問してみる。何だか、まるでJリーグ開幕から快進撃をするために順調に来ているように言っていないか。今季の課題は何なのか忘れていないか。
 順調は順調なのだろうが、何に向けて順調なのか。開幕からチームが一つのコンセプトでまとまったサッカーをしていく。そこが今季の課題のはず。まずはそこに向けて順調に一歩を踏み出した、というに過ぎない。
 シーズンは長い。厚手の鍋でじっくり材料を煮込むように、楽しみを持続させていきたい。ときどき味見をしながら、最後に食卓に料理を並べるときを待ちたい。
(2009年1月30日)
〈EXTRA〉
 こう書くと去年のグアムキャンプは何だったんだ、と思う人もいるかもしれない。
 だが状況が違う。07年は8回の海外遠征を含め、12月半ばまで年間60試合近くをこなしてきた。選手に十分な休養を与えるには08年は1月いっぱいまでオフにするしかなかっただろう。2月の初旬に始動して11日から24日まで1回のキャンプ。その2週間後にJリーグ開幕。そういう準備期間しかなかったら、まずフィジカルキャンプ、次に戦術キャンプなどとは言っていられないだろうし、レギュラー候補を早めに決める必要もある。今年と去年を単純に比較することはできない。
 逆に言えば、将来フィンケ監督の下で天皇杯優勝を果たしたとしたら。翌シーズンはいつから始動し、どういうキャンプを行い、ACLと並行した戦いに向けてどういう準備をしていくのか。そのときが楽しみでもある。
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