Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#192
権力者への苦言
 最後に本気で殴られたのは、6年前?7年前?時期は曖昧になってきたが、場所と相手、状況は今でもはっきり覚えている。
  詳しい状況は略すが、悪いのは僕の方だ。僕の勝手な思いで彼との間に気持ちの齟齬が生まれたのを、是正しようとしなかった。彼の方は何もそんなことを感じていなかったのだから、僕がアクションを起こさなければ是正しようがない。
 ズレが小さいうちに是正していけば、諍いにもならないものが、ズレが大きくなると、それが明らかになったときの諍いも大きくなる。地震のメカニズムの1つのようだ。
 その日、僕が何か月間にわたり思っていたことを吐露し、呆然として聞いていた彼の身体がだんだん震えてきた。僕が彼に疑念を抱きながら、それを言わずに過ごしてきたこと。彼にとってはそのことが一番悔しかったに違いない。右手を僕に向かって伸ばしてきたときの彼の表情は怒りではなく、悲しみ、憤りだった。もしかしたら目に涙も浮かんでいたかもしれない。
 その顔を見て、反撃する気が失せた。何か月間の気持ちの離反は、僕が一方的に悪く、彼はまったくそれまでと変わらない気持ちでいたことに、その瞬間気づき、よけることもしなかった。

 彼は「ごめんなさい。もう清尾さんの前から消えます」と言って走っていった。僕はしばらく考えて、彼に電話をした。なかなかつながらなかった。懲りずにかけ続け、ようやく彼が出た。嫌がる彼を、とにかく僕の会社に呼び寄せた。もう21時ぐらいになっており、他の社員は誰もいない。座って話した。
 今回のことに関しては僕が悪かったこと。殴られたことについて何もこだわりはないこと。そしてこう言った。
 人間、40歳を過ぎるとだんだん面と向かって自分を批判してくれる友人が少なくなってくる。そうすると自分がしていることが正しいのかどうなのか、周りから本当はどう思われているのかわからなくなる。それは本人にとってマイナス以外の何ものでもない。これからも僕が良くないことを言ったりしたりしていると思ったら、遠慮なく指摘してする関係であって欲しい、と。

   *    *    *

 年齢だけではなく、社会的地位が上がっていくと、人間はますます面と向かって忠告してくれる人を失っていく。本人がたとえイエスマンばかり周りに置きたがるような性格でなくても、権力者に対する直接の批判というのは周りが敬遠しがちだ。それを言うことで嫌われたり、仕事を干されたりする可能性を考えてしまうからだ。逆に権力者の歓心を買うような情報や、提案をすることで覚えめでたくしようとする人の方が多い。権力者が自分の感覚のバランスを正常に保とうと思ったら、自分に対する建設的な批判をしてくれる人を意識して周りに置いたほうがいい。そうでないとすぐに裸の王様になってしまう。
 Jクラブの監督というのも権力者の1人だろう。特に数十年のキャリアを持ち60歳を越える年齢のドイツ人監督に対しては、言動を注意することなどはばかられるに違いない。だが外国人監督だからこそ、日本の習慣や日本人の感性を説明するという意味でも、頻繁に意見を言った方がいいはずだ。あなたの、あの言葉は日本ではこういうふうに受け止められて真意が伝わらないよ、と。それは、言葉尻をとらえて皮肉まじりの記事を載せることとはまるで次元が違うことだ。

 広島戦後の監督記者会見で、セルヒオがPKをもらえそうな場面で倒れなかったことに関してフィンケ監督が語ったコメントを読んで、「1点モノの場面はありましたよ」ということを言いたかったのだろうと僕は思ったが、その後に長々と続けた部分については誤解を生みそうだな、とも思った。しかも記者会見に出ている人たちは、フィンケ監督のウイットを聞きたくてそこにいるわけではなく、何かネタがないかと鵜の目鷹の目でいることが多いのだ。こんな「おいしい」話に飛びつかないわけがなく、案の定多くのスポーツ紙がそれをクローズアップさせていた。
 旅行中で、ウェブサイトをサクサク見られる環境ではなく、昨日のオフィシャル携帯サイトで、クラブの橋本代表がフィンケ監督と話をしたことを知った。具体的にどういう会話があったのかは知らないが、今回クラブは必要なことをやったと思う。8月10日の「Talk on Together」で、監督のコメントなどで誤解を生じたときは、監督自身が説明するのではなくクラブがきちんとフォローしていく、ということを語っていたが、これもその具体的実践なのだろう。監督に任せるのと、監督に丸投げするのとは違う。特に日本が初めてのフィンケ監督に対して、言わなくてはいけないこと、言った方が良いことは山ほどあるはず。フィンケ監督も、最初の広島遠征で平和祈念公園を訪れるほどの人だ。聞く耳はきちんと持っているだろう。これからもコミュニケーションを良くし、ときには苦言を呈するようなことも必要だ。それが本当に「フィンケ監督を支えていく」ということだろう。
(2009年8月26日)
〈EXTRA・1〉
 冒頭の彼とは今でも良い関係が続いている。偉そうなことを書いたが、自分に批判的なことにはムッとしてしまう。それを抑えられるほど僕は聖人ではない。だが、一呼吸置いて、どうして批判されるのか、本当に自分は悪くないのか、考えるだけの余裕はできた。それは、あの日から1か月間ほどヒビの入ったアバラを抱えて、笑うのも痛い日々を送った代償に得たものだと思う。でも、やっぱり耳当たりの良い言葉を聴くのは気分が良いものなのだ。いかん、いかん。
 ただいま北陸自動車道を新潟方面に向かって走行中。今晩からまたレッズにどっぷり浸かった生活に戻ります。
〈EXTRA・2〉
 あれ?夏休みで頭がボケた?フィンケ監督は僕より9歳ぐらい年上だという認識でいたのに、最初は70歳と書いてしまった。このくだりは、特に誰とも明記していないので、1歳2歳の差は問題ないと思ったが、さすがに70歳の監督は、あまりいないだろうから訂正しました。申し訳ないです。
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