Weps うち明け話
#269
糊しろ
 新年おめでとうございます。

 去年の12月23日、友人の結婚式に出席した。全日本女子選手権の準々決勝(熊谷)にも、高円宮杯全日本ユース(U-15)選手権の2回戦にも取材に行けなかったのは、そのためだ。
 人前結婚式に引き続いて行われた披露宴では、和食のコースが出た。会場は、築地の老舗料亭である「治作」で、水炊きが自慢の店だ。席に置かれたその日のメニューにも、メーン料理が「水炊き」とある。

 ここで白状するが、僕は鶏が苦手だ。子どもの頃に激しかった食べ物の好き嫌いは、大人になるまでにほとんどなくなったが、ラッキョウは今でも完全NGだし、鶏嫌いも完全には払拭されていない。幸か不幸か、母親も鶏嫌いだったため高校卒業まで家の食卓に鶏肉が出ることは皆無だった。
 初めて鶏肉を口にしたのは、京都で1年大学浪人しているとき。朝晩賄い付きの下宿で過ごしており、出される食事は非常に美味しかった。しかし月に1回程度の割合で、夕食にチキンカツが出た。おかずになるものは付け合せのキャベツと、山盛りの沢庵だけだ。最初、味噌汁とキャベツと沢庵だけで済ませようかと思っていたが、みんな(20人くらいの浪人生と大学生が住んでいた)美味しそうに食べていたし、チキンカツ1枚まるまる残したのでは下宿先の奥さんに悪い。ソースを多めにかけて口にした。
 それ以来、鶏肉を全く受け付けないということはなくなった。だが、ローストチキンのように丸焼きで出てくるものは絶対に勘弁だ。いわゆる鳥肌を見ては絶対に食べられない。親子丼も鶏肉の味が前面に出すぎている感じで食べたくない。焼鳥ぐらい小さく切ってあって、しかも肉の表面が元のままでないものなら何とかなる。出されたホカ弁にから揚げが入っていたら食べる。だが自分から注文することはまずない。カーネルサンダースさんとは、あまり仲良くなれないようだ。長い説明だが、僕の鶏嫌いの度合を理解してもらえただろうか。

 本題。その店の自慢が水炊きだと僕は知らなかったが、仲間内には僕の鶏嫌いはだいぶ知られていて、その1人が結婚する友人に「清尾は鶏が苦手だよ」と言っておいてくれたらしい。店側に頼んで僕の分だけは違うメニューにしてくれた。周りの出席者が水炊きを美味しい、美味しいと食べているころ、魚の木の芽焼きが出てきて非常に美味しかった。隣の椀をのぞいたところ、まず食べられないだろうと思われる大きさと形状の鶏肉が入っていたので、大いにありがたかった。
 メーンが終わるとご飯物になる。蓋のあるご飯茶碗と吸い物が出てきた。しかし周りを見ると出されたものが違う。ほかの人はみんな雑炊を食べている。目の前の茶碗の蓋を取ると中は赤飯だった。ほかの人の雑炊は、さっきの水炊きのスープで作ったものだった。鶏のコラーゲンがいっぱいで、非常に美味しいとみんな言っていた。
 僕が鶏を食べられないのは単なる好き嫌いであり、宗教上の理由でもアレルギーによるものでもない。水炊きのスープで作った雑炊なら問題なく食べられるし、そんなに美味しいなら食べてみたかった。ちょっと残念だったが、それよりも店の気遣いに感心した。立食パーティーではなく、個別の食事なのだから、鶏はダメ、豚肉はダメ、肉類は一切ダメというお客さんに別のメニューを用意するのは普通にやってくれることなのかもしれないが、その後の雑炊にも気配りをしてくれるのは、もてなしの心がなければできないのではないか。

 言われたことをきちんとやる。それで仕事は一人前なのだが、言われたこと以外にも思いをめぐらし、手を出す、あるいは手を出さない。それが仕事をスムーズにし、人間関係も良好になることが多い。だが、組織の中でそれをやるには、構成員同士の信頼関係が良好であることが前提だ。他人の分まで仕事をしたり、他人が見落とすかもしれないところまで気を遣う、というのは相手のことを嫌っていてはなかなかできない。紙と紙を糊付けするときは重ねる部分、いわゆる「糊しろ」が大きいほどしっかり接着される。そこが小さければ容易に剥がれてしまうこともある。みんなが他人の仕事を理解し、思いやり、手助けできることは少しずつ手助けし合う。人と人との「糊しろ」も大きければ大きいほど良いはずだ。

 2011年。クラブとサポーターの糊しろ、サポーター同士の糊しろ、メディアとクラブの糊しろ、選手同士の糊しろ、クラブと監督の糊しろ、そしてクラブスタッフ同士の糊しろ。それが少しでも大きくなるように望む。そのために役立つ仕事をしたいし、僕自身、いろいろな人との糊しろを見つめ直していきたい。
 今年もよろしくお願いします。
(2011年1月4日)
〈EXTRA〉
 それにしてもこれだけまとめて「鶏」の字を使ったのは初めてだ(笑)。
 ちなみに僕は昭和32年生まれ。酉年だ。何の因果だろうか。
TOPWeps うち明け話 バックナンバーMDPはみ出し話 バックナンバーご意見・ご感想