Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#274
10周年
 子どもの頃、47都道府県の県庁(道府庁)所在地が全部言えるのが自慢だった。小学3年か4年のとき社会の授業で、各国の首都を覚えさせられて、たまに家に帰ってきた父親に「どこどこの首都、知っとる?」と質問し、父親が答えられないと自慢していたら、「そんならお前、日本の都道府県全部言えるか?」と切り返された。さらに「都道府県の名前と県庁所在地ぐらい、言えるようになってから、首都とか覚えろ」と追い討ちをかけられた。
 学校で教える順番が、そうなのだから仕方ないだろ、と思いながらも、たしかに日本人なら日本のことを知るのが先だな、と頑張って都道府県の名前と場所、県庁所在地を暗記したものだった。と言っても県庁所在地は半数以上が、都道府県の名前と一緒なのでそれほど苦労はしなかったが。
 ちなみに北陸三県の中で、僕の生まれた石川県だけが県庁所在地の名前が違う。福井、富山だけではなく隣の岐阜県も岐阜市で同じ。そういう「少数派」が心地良い人と嫌な人がいるだろう。僕は小さいころは目立たず平凡なのが好きだったが、中学生から高校生になるころは、人と違っている方を好むようになってきた。なので全国に16ある、県の名前と違う県庁所在地が何となく好きだった。埼玉県もその一つだったが、自分が将来そこの人間になるとは思っていなかった。そして埼玉県だけが、僕が記憶した40数年前と県庁所在地の名前が変わっている県だ(東京都庁も千代田区から新宿区に移転したが、何故か東京都庁は覚える対象ではなかった)。

 僕にしては短い前置きが終わり本題。
 今年はさいたま市市制施行10周年にあたる。
 浦和、大宮、与野の合併が是か非か議論を呼んでいたころ、僕は浦和市に住み始めて20年近かった。何度か引越しはしたが、ずっと浦和市民であり続けたこと、埼玉新聞社という地域性豊かな会社に勤務し、そのころは少年スポーツなど地元の人たちとの付き合いが多かったこと、そして浦和レッズができたこと。そんなこんなで、浦和にこだわる意識は強かった。浦和生まれの人のような大宮へのライバル意識はなかったが、そういうものがお互いに(浦和と大宮の間で)あることは、両方の人たちから感じていた。正直に言えば、合併に賛成か反対かと聞かれれば、一市民としては反対に近かった。しかし、それは感覚的なもので、新聞社の社員としては合併によるマクロダイナミズムや政令指定都市になることでの裁量権の拡大などが期待できる、という見方もあった。
 そんなこんなの時期、1999年春に統一地方選挙が行われた。浦和は市長選挙、市会議員選挙、県議会議員選挙がこれにあたった。当時、話題になったから覚えている人も多いと思うが、レッズのハンドブックに掲載されてOSC(オフィシャル・サポーターズ・クラブ)の代表者のところに、差出人がはっきりしないビラが送付されたことがある。知り合いから見せてもらったが、3市の合併に反対しようという内容だった。そのビラで目を引いたキャッチフレーズが「レッズとアルディージャの合併反対!」というものだった。浦和と大宮が合併すると、レッズとアルディージャも合併してしまうかもよ、と危機感をあおって合併反対票を取り込もうという意図だろうか。いわゆる「怪文書」だから、何でも有りなのだが、こういうこと少しでも「票になる」と考えられたことが、ちょっと新鮮だった。もちろん、あきれたことは言うまでもないが。

 選挙は、合併を推進する現市長が当選し、市議選でもそういう結果だったと思う。その2年後に3市が合併し、さいたま市となり、2003年に政令指定都市になった。さらに2005年に岩槻が加わって、現在のさいたま市は人口で国内9位の都市となっている。
 浦和レッズのホームタウンも、浦和市からさいたま市に公式文書では変更されている。しかし実質はどうなのか。クラブとホームタウンの関係はどう変わってきたのか。
 市制10周年の今年、いろいろなことを見つめ直すチャンスかもしれない。問題意識として頭にとどめ、機会があったら言及していきたい。
(2011年2月4日)
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