Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#279
Jリーガーの力
 今朝の9時半ごろ、上空を自衛隊のものらしいヘリコプターが飛んで行った。方角は北東だと思う。東京か朝霞から大宮へ向かうのか、そのまま東北地方まで飛ぶのかはわからないが、災害救助に関係した出動だろう。
 
 北へ向くヘリ二機見ゆ 思い託す

 季語もない句だが、今これを読んだ人は誰もが何のことだかわかるはず。柄にもなくこんな俳句が浮かぶ、それだけでも僕の心境がふだんとは違うのだろう。
 自らの疲労も省みず被災地の救助活動に携わっている方々、放射線の恐怖と戦いながら、原発の被害拡散防止活動に当たっている方々に心から敬意と感謝を表明します。

 一昨日の3月16日、浦和駅西口の伊勢丹浦和店前で、レッズが東北関東大震災の義援金募金を行った。選手15人を含めスタッフ、サポーターら約40人によるもので、2時間で181万円以上が集まった。
 前日の15日は、朝9時から大原でチームのミーティングを行い、1週間のオフ(自主トレ)が指示されて選手は解散した。その日、僕は昼ごろまで大原にいたが、募金の話はなく、夜の8時を過ぎてから「明日16時から募金活動」の情報が入った。それだけバタバタと決まったということだ。警察署や市、場所を借りる伊勢丹(伊勢丹前の道路の半分は伊勢丹の土地)に許可を取るなどホームタウン部は忙しかったようだ。実際、当日会った市の関係者は「参りましたよ、昨日連絡が来て『今日やりたい』ですから」と苦笑いしていた。その表情は決して迷惑をかけられたというものではなく、みんなの努力が実って募金活動が成功に終わりそうなことを喜ぶものだった。

 実は前日の連絡では、参加する選手として8人の名前が挙げられていた。しかし当日、行ってみると名前のなかった選手も続々と駆け付け15人になった。あの名前のあった8人は、イベントなどに選手を「派遣」するケースと違い、参加できることが確実な選手だったのだろう。全員に声をかけ、都合のつく選手がみんな集まった、というところだろうか。
 神戸市生まれで、7歳のとき1995年の阪神淡路大震災を経験している柏木陽介はこう言った。
「当時は(プロ野球の)オリックスの選手たちに助けられてると思った。でも自分が選手になってみると何もできへんな、と」。
 そんなことはない。レッズの選手だからこそ、わずか2時間で181万円という額が集まったのだ。選手抜きのスタッフやサポーターだけで募金活動をしても、絶対にそれほどの成果はなかっただろう。
 人寄せパンダ?いいじゃないか。募金活動は多くの人に振り向いてもらわなければ話にならない。手続きをしたり、声を出したり、お金を数えて保管したり、というのはスタッフがやる。プロ選手にはプロ選手でなければできないことがあるのだ。
 柏木自身も「こうやって募金で集めることができるのは、スポーツ選手ができる特権みたいなもの」と言っているし、宇賀神友弥も「少しでも自分たちの知名度を活かしていければ」と声を枯らしながら語った。

 芸能人もあちこちで街頭募金や物資募集をやっている。決して売名行為だなどとは思わない。これまでの芸能活動で培ったネームバリューを利用して、救援活動の手助けをするのはどんどんやって欲しい。
 Jリーグの再開がどうなるか、来週の火曜日に開かれる各クラブの代表による実行委員会で方向性が出されるかもしれない。選手たちが本来の仕事で、復興の助けになっていくのはその後だろう。今は、Jリーガーであるがゆえに持っている力=人気を、いかんなく使って欲しいものだ。16日の浦和駅に終わらず、次の機会を待っている。
 と、書いていたら、実家に帰っている柏木が今日の4時から出身少年団と一緒に募金活動をする、という情報が入ってきた。うーん、浦和を離れてもネームバリューがある選手だからなあ。

(2011年3月18日)
(2011年3月18日)
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